2017年8月6日日曜日

2007.8.8に長野で脳溢血で倒れたーー7.いろいろな人がお見舞いに来てくれた

写真は今日(8/6)の洗濯物を干したもの。
干したワイシャツを見ていたら、
いろいろな人を思い出したので、この記事に使った。
・・・の下に10年前の手術の前後を
思い出しながら1から順にこの7まで書いた。


・・・・・・・・・・
売り込みのシステムの説明で訪問した会社の社長予定の方が、
車で出かけるたび病院に寄って、お見舞いに来てくれた。
私が眠っているときも含めると10回ぐらい来てくれたと思う。
面倒見て貰って、さらにお見舞いにも来てくれるなんて、
感謝の言葉しかない。
 
長野駅に車で迎えに来てくれた同期の人、救急車で送って
くれた別な同期の人もお見舞いに来てくれた。
別な長野に住む同期の人もお見舞いに来てくれた。
長野高専から東京の電電公社に入社した同期の人も
お見舞いに来てくれた。
 
私など、同期の人のためにこんなにやるかな。
感謝しかないな。
というかこうして生きているのも
みんなのおかげだなと思う。
 
そのとき勤めていた横須賀の会社の社長さんは、
手術のときも来てくれたが、入院中にも花を持って来てくれた。
良い人だったと思う。
私より2歳若かったが、一昨年ガンで死んでしまった。
ご冥福をお祈りします。
 
NTT-MEの最後の職場で一緒だった人も
お見舞いに来てくれた。
金沢で合気道の練習があり行って、その帰り寄ったらしい。
長野まで来てくれるとは思わなかった。
花を持って来てくれたが、嬉しかった。
 
10日目ぐらいに姉と弟も見舞いに来てくれた。
姉は茨城県つくば市に住み、弟は水戸市に住んでいる。
この姉と弟を、私は人生の戦友だという感じで接している。
なんか、お見舞いに来るのは当たり前と思っていたが、
本当は茨城から長野まで弟の車でわざわざ来てくれたのだ。
 
姉が手帳を持っていたので無心してそれを貰った。
そしてそれから手帳に、「あいうえお かきくけこ・・・」
と何度も順番に書いて行った。
退院するころには、手帳一冊分ほぼ書き終わっていた。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿