2016年5月31日火曜日

スポーツセンタを出て、外の空気を吸った。外のプラタナスの木には、葉がたくさんついていた。

スポーツセンタを出て、外の空気を吸った。
外のプラタナスの木には、葉がたくさんついていた。
写真は、スポーツセンタの外のプラタナスの木を、撮ったもの。
私が住むマンションの外の水道道路の街路樹の
プラタナスの木は葉が生い茂っても、このプラタナスは、
葉がついてなかったので、心配していたのだが。

昼食は、お任せランチプレートを頼んだ。ごはんは十五穀米だった。

昼食は、お任せランチプレートを頼んだ。
ごはんは十五穀米だった。
写真は、出て来たランチプレートを、撮ったもの。
プレートの左が十五穀米、右がオムレツ、
真ん中上は、サラダ。
食べおわたっら、結構、お腹がいっぱいだった。

ビストロ「アスリート」のメニューを見た。ランチやパスタがあった。飲み物もあった。

ビストロ「アスリート」のメニューを見た。
ランチやパスタがあった。
飲み物もあった。
写真は、メニューを、撮ったもの。
ランチやパスタは、850円だった。

時間は11時半前だったが、早い昼食をとるため、スポーツセンタ内にある、ビストロ「アスリート」に入った。

時間は11時半前だったが、早い昼食をとるため、
スポーツセンタ内にある、ビストロ「アスリート」に入った。
写真は、ビストロ「アスリート」を、撮ったもの。
時間が早いからなのか、平日だからなのか、
土日にはいつも混んでいるが、空いていた。

プールを上がって測ったら、体重は76.1kg。血圧は(上)121 (下)69 (脈拍)75。

プールを上がって測ったら、体重は76.1kg。
血圧は(上)121 (下)69 (脈拍)75。
写真は、プールから上がって着替えた私を、撮ったもの。
体重は、少し増えたみたい。
血圧は、まあまあ安定している。

プールでは6往復(300m)泳いだ。私の高血圧対策のためには、6往復泳げば十分。

プールでは6往復(300m)泳いだ。
私の高血圧対策のためには、6往復泳げば十分。
写真は、プールの受付を、撮ったもの。
写真のはずれ右側に、更衣室とプールがある。
6往復泳いだら、血圧も下がったみたい。

渋谷区スポーツセンタの外のサッカー場では、今日はゲートボールをやっていた。

渋谷区スポーツセンタの外のサッカー場では、
今日はゲートボールをやっていた。
写真は、ゲートボールをしている人たちを、撮ったもの。
この写真の右と左でも2グループがやっていた。
いつもサッカーをしている子どもたちは、学校なので、
時間のある老人達が、ゲートボールをしているんだ、と思った。

緑道(玉川上水あと)を歩くと、花壇がある。花壇にはいろいろな花が咲いているが、今日はゆりの花が目についた。

緑道(玉川上水あと)を歩くと、花壇がある。
花壇にはいろいろな花が咲いているが、
今日はゆりの花が目についた。
写真は、咲いていたユリの花を、撮ったもの。
2種類のユリの花があった。

渋谷区スポーツセンタに行くため、緑道を歩くのは好きだ。緑道の初台側は、木々が鬱蒼としている。

渋谷区スポーツセンタに行くため、緑道を歩くのは好きだ。
緑道の初台側は、木々が鬱蒼としている。
写真は、初台から緑道に入ったところを、撮ったもの。
最初は、桜の木が迎えてくれる。
この木々の下を、深呼吸しながら歩いた。

今日(5月31日-火)、マンションのある初台から渋谷区スポーツセンタのプールに行った。

今日(5月31日-火)、マンションのある初台から
渋谷区スポーツセンタのプールに行った。
写真は、甲州街道と山手通りが交差する
初台交差点を、南西に渡ったところから、
北東を向いて、撮ったもの。

写真の右左の道路が山手通り。
首都高速の下が甲州街道。
首都高の上に3つ並んで見えるビルが新宿パークタワー。
今日は平日。
10時前だったので、人がたくさんいた。

この前と前の前の土曜日がプールに行けなかったので、
今日は平日だが、プールに行った。
もう37年も、高血圧対策のため、毎週プールに行っているが、
行けない週があると、血圧があがるので、
週半ばの平日に行ってきた。

2週間も行かなかったのは、初めてじゃないかな。
毎朝、足の裏揉み等を1時間、2年前ぐらいから始めたから、
2週間行かなくても大丈夫かな、と思ったが、
やっぱり血圧が上がったと思ったので、行ったのだ。


2016年5月30日月曜日

5月ももうおしまいの今日は小雨。小雨の中で街路樹の欅の木は、いっそう緑が濃くなっていた。

5月ももうおしまいの今日は小雨。
小雨の中で街路樹の欅の木は、
いっそう緑が濃くなっていた。
写真は、角筈区民センタ前交差点から、
14時、新宿中央公園を、撮ったもの。

車が通る道路は、水道道路。
向こうに見える林は、新宿中央公園。
新宿中央公園の上に少し顔を見せるビルは、都庁第一庁舎。
水道道路の両側には、欅の街路樹が見える。
木々の緑が、深まって来た。

今日の昼食に、パスタとニラのスープを食べた。そのあと、カシューナッツも食べた。

今日の昼食に、パスタとニラのスープを食べた。
そのあと、カシューナッツも食べた。
写真は、今日の昼食を、撮ったもの。
写真の下の茶碗には、ニラを煮てスープの素をいれた、
上の皿には、パスタにパスタソースをかけた。

ニラは2束で100円だったので、買って1束をスープにした。
パスタソースには、沢山の種類の材料が入っている。
キノコ5種類。玉葱、長ネギ、もやし、春菊、アスパラ、
グリンピース、コーン、人参、鶏肉、
それに、パスタソースのアラアータ。

ニラのスープの茶碗の左には、
カシューナッツの入った袋が、少し見える。
思えば、毎日、沢山の種類の食材を食べている。
出来上がりの見栄えは悪いが、
今のところ、これらをつくるのは面白く、おいしく食べている。、

2016年5月29日日曜日

夕食を食べ終わって、東京オペラシティービルの1階にある「Cafe JR」でコーヒを飲んだ。

夕食を食べ終わって、東京オペラシティービルの
1階にある「Cafe JR」でコーヒを飲んだ。
写真は、出て来たコーヒを、撮ったもの。
本を読んだ。と言いたいところだが、実はほとんど寝ていた。
昼、マンションでもゆっくりしていたのに、よく眠れる。

今日の夕食は、東京オペラシティーの地下1階の「そじ坊」で、かつ丼定食を食べた。

今日の夕食は、東京オペラシティーの
地下1階の「そじ坊」で、かつ丼定食を食べた。
写真は、出て来たかつ丼定食を。撮ったもの。
右側のザル蕎麦は、蕎麦粉と小麦粉と海苔が材料。
左下の蕎麦汁は、山葵、長ネギ、醤油、昆布、鰹が材料。

左上のかつ丼は、豚肉、卵、三つ葉、玉葱、ごはんが材料。
左下の蕎麦汁の、さらに左下に少し見えるのは、野沢菜。
お盆の上は、左側がそばを揚げたもの。
右がそば茶。このほか、さらに蕎麦湯が出て来た。
締めて960円。ほぼ満足。

田岡信夫さんが書いた、「田岡信夫の三点攻略法」を読んで、読書感想を書きました。


田岡信夫さんが書いた、「田岡信夫の三点攻略法」を読んで、
2012年5月、私は下の通り、読書感想を書きました。
写真は、本の表紙を、撮ったもの。


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読書感想文(田岡信夫の三点攻略法・・・田岡信夫)

 

田岡信夫さん1927年東京で生まれ、学習院大学に行き、

<東京都立大学の博士課程を修了しています。

<学校を出て社会研究所の主任研究員になり、

<ORのランチェスターの法則を経営に取り入れたいとして

<研究・日本で展開し、本も沢山書きました。

 

<この本もそういう本の一つです。

<田岡さんの勤務先は紆余曲折がありましたが、

1976年にはランチェスターシステムズを設立しました。

<そして田岡信夫さんは1984年に57歳でなくなっています

 

田岡信夫さん1927年東京で生まれ、

大学は学習院大学に行き、

東京都立大学の博士課程を修了しています。

 

学校を出て社会研究所の主任研究員になり、

OR(オペレーション・リサーチ=科学的戦争作戦研究)の

ランチェスターの法則を経営に取り入れたいとして

研究・日本で展開しました。

 

ORは太平洋戦争で、アメリカが日本と戦ったとき、

戦争の仕方の理論的背景にしたことで有名ですね。

私も小さいときから、アメリカ軍に攻められた

日本の悲しさを、聞かされてきましたが、

その背景にはこのORがあったのでした。

 

田岡信夫さんは、このランチェスター理論を、

「最強の販売戦略」として体系化した世界的研究家です。

ランチェスター理論は第1次世界大戦前に、

イギリスの航空学の大家である

ランチェスターによって提案・研究されました。

 

そして第2次世界大戦時には、

ORとして、アメリカのクープマン等により

さらに発展させられています。

 

この戦闘理論のORは、戦後の日本に、アメリカのデミング

(工場の製造ラインの品質管理手法を日本に紹介し、

日本のQC活動の生みの親、育ての親として有名です)

等によって、工場の製造ラインの近代化のため、

アメリカからもたらせられました。

 

日本に戦後の1955年、アメリカから導入されたORは、

その統計的品質管理法等の内容が、

日本の学者から熱狂的に迎えられ、

戦後の製造に強いと言われる日本の一翼を担ってきました。

 

ORは主に日本の製造工場で利用されましたが、

ORの日本のマーケティングへの活用については、

田岡信夫さんが中心となって研究されてきたと思います。

このマーケティングへの活用におけるORのベースは、

ORの中のランチェスター理論でした。

 

この田岡信夫さん等の研究で出来上がった理論は、

ランチェスター理論を法則として活用していましたが、

日本で昔から言われていたものも取り入れた、

独自の田岡理論のように思います。

 

ビジネスへのランチェスター理論の実際の適用においては、

周辺ノウハウが必要ですが、田岡信夫さんの本には、

日本の地域事情等この周辺のノウハウが沢山入っていました。

この本もそういうもの本の一つです。

そして田岡信夫さんは1984年に、

57歳の若さでなくなりました。

 

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<この本との出会い>

 

私は30年ほど前、田岡信夫さんの本を沢山読みました。

私は1968年、電電公社に技術系として入り、

その後の40年はだいたいが、

NTTで設備の建設・保守等技術系の仕事をしています。

 

しかし1982年からの3年間だけですが、

技術系の仕事を離れ原価調査課で、

通信ケーブルなどの値付けをする仕事に従事しました。

値付けには経理知識が必須なのですが、

それまでの私には経理・営業の知識はほとんどありません。

 

したがって私のこのときは、

経理等を勉強する必要に迫られていました。

それで東京駅八重洲口の本屋の八重洲ブックセンターに、

1週間に2~4日通い、経理や営業の本を沢山読んでいます。

 

その時、この人のマーケティングの本も読みましたが、

田岡さんが本で語る話は、私にはとても新鮮に思えました。

この本も1982年頃、ドキドキしながら読んでいます。

 

田岡さんの本は私に、

そのころの日本の目新しい知識を沢山くれました。

強者の戦略・弱者の戦略、

マーケットのセグメント化、市場占有率等・・・。

 

しかもそこに、具体的数字や具体的なお話が載っていて、

とても面白かったのです。

科学の力を利用すると、

良く分らなかったマーケットの話が、精緻になるようでした。

 

この前5月中旬、私は戦国時代の諜報に関わる小説

「のぼうの城」を読んでいます。

ORは戦争の作戦研究ですから、

ある意味当然かも知れませんが、この本を読んでいたら

田岡さんのランチェスターの法則を思い出しました。

 

「のぼうの城」=「忍城」の戦争第1戦の勝ち方など、

まるでランチェスターの「弱者の戦略」を

絵に書いたようなのです。

「のぼうの城」を読んだ私の熱が冷めやらぬとき、

昔よんだ(読みきれていなかったと思いますが)、

この本を取り出しました。

 

しかし、読んでみると昔の私は、

本当は分っていなかったのに気がつきます。

そして今回以下に私が理解したこと

(WEBで勉強したことを含みます)を、

田岡さんの言っていたこととして整理してみました。

 

したがって今回の内容は、感想というよりは、

ランチェスターの法則って何なのか、

この本の言っていることは何だったのか、

私なりにもう一度整理したものとなっています。

だから、私の感想は少しになりました。

 

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<ランチェスターの法則>

 

ランチェスターの法則は、

もともと戦闘を分析する理論として出された法則です。

しかし、各企業間の営業の戦いは戦闘のようなものですから、

ランチェスターの法則は

マーケティングの現場でも大いに役立ちました。

 

とくに戦後の日本で、

マーケティングの現場に使われたのですが、

これを推進したのが田岡信夫さんたちです。

 

田岡信夫さんは、それまで言われていた

日本の各地域における商売上の話題を集大成して、

それとランチェスターの法則と組み合わせて、

いろいろな場でお話しています。

 

そして田岡信夫さんは松下、花王、イトーヨーカドー等の

コンサルを通して、具体的なマーケティングの現場で、

ランチェスターの法則を活用した田岡流で

進めるべきと言って来ました。

そして田岡さんのコンサルを受けたそれぞれの会社は、

田岡流を実践し成功したのです。

 

ランチェスター法則は、第1次世界大戦に先立ち1914年に、

イギリスのフレデリック・ランチェスターによって、

発表された戦闘の数理式です。

ランチェスターは、戦いの場から、

精神論や情緒論を排除して、

戦いの結果を導く式を明確に提示しました。

 

ランチェスターの法則には、戦う状況によって、

第1法則《=一騎打ち戦の法則

=個人対個人の戦い=弱者の戦略》と、

第2の法則《=確率戦(広域戦)の法則

=集団対集団の戦い=強者の戦略》の2つの法則があります。

 

第1の法則は、

狭い道で両方の戦闘部隊がぶつかったときに当てはまります。

両者の戦闘力比は両者の人数比で決まるというものです。

勿論同じ人数でも、もっている武器や個人の強さも

戦争結果に効いてきますから、

人数比といっても係数をかける必要はあります。

 

が、基本的に人数に比例するということ。

戦闘の結果は両者の力関係できまるということなので、

人数の少ない弱者もそれなりの力を発揮できるのです。

それでこの法則を活用した戦略を、弱者の戦略とも呼びます。

 

第2の法則は、

海戦のように戦闘が広域で戦われる場合に当てはまり、

両者の戦闘力比は、

両者の人数(物量)の自乗に比例するというものです。

 

戦闘力比が人数(物量)の自乗に比例するのですから、

強いもの(大きいもの)は戦闘を繰り返すごとに勝って、

ますます強くなるので、強者の戦略ともいわれます。

 

この第2の法則を利用したもので、

典型的に強者の戦略を理解できるのは、

忠臣蔵が吉良上野介方と戦った作戦ですね。

敵1人に対して味方3人で襲い掛かりました。

 

そうすると3人の戦闘力で1人を攻めますから、

3人分の力が1人にかかります。

しかし逆に1人に攻められる3人の一人一人には、

敵1人の1/3人の力かけられることになり、

攻める側が結局9倍の戦闘力を持ったのと同じになりました。

これが、ランチェスターの第2法則です。

 

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<クープマンのランチェスターモデル>

 

第2次世界大戦で戦争(主に日本との戦争)に勝つために、

アメリカ等でORが研究されたときに

アメリカのクープマン等によって、

再度ランチェスター法則が注目されました。

 

クープマンはランチェスターの法則に、

戦う機会という概念と、

戦争生産率の考え方を導入し加えたようです。

 

こういう考え方を基礎に、

クープマン戦略モデル式が作られたようですが、

私はそれを具体的には知りません。

しかし、結果は天才的だと思いますが、3つ出ています。

 

1つ目は、持っているリソースを戦略に2、

戦術に1注ぎ込めというものです。

戦争中、このORの考え方によって開発された

戦略爆撃機B29に、日本中が悩まされたので、

戦術より戦略重視の太平洋戦争中のアメリカ軍の考えは、

日本で有名になりました。

 

(私の母も水戸で赤ん坊の姉を負ぶって、

B29に追われて逃げ回ったと言っていました。

勿論、そのとき私は生まれていませんが。

私の母はいつも、水戸で味わったアメリカ軍の艦砲射撃と

B29とその落とす焼夷弾は怖かったと言っていました)

 

2つ目は、太平洋戦争で日本が占拠していた島々を、

アメリカ軍が攻めるとき、利用した蛙飛び作戦です。

敵(この場合、私たちの親たちの日本軍ですね)を

攻めるとき、攻めやすいところを三点、選んでそこを攻略し、

最後に三点で包まれた私たちの住む

日本(東京?)を攻めました。

 

これがこの本のタイトル「三点攻略法」のモデルです。

何故そうしたのかは、今もって私は分りません。

この本には、理由が書いてありましたが、

私は結論だけ分って、

理由はやっぱり今も分からないのです。

 

3つ目は、日本軍が占領している島を攻めるとき、

アメリカ軍は

ランチェスターの第1法則が成立するところでは√8≒3倍、

第2法則が成立するところでは√3倍の兵力を準備すれば

圧倒的に勝てるという考えです。

 

したがって、太平洋戦争でのアメリカ軍は、

日本軍のこれだけの倍数の人間を、

島々を攻略したとき投入しました。

 

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<マーケティング対象のセグメント化、

<市場占有率、射程距離理論

 

田岡さんのランチェスター理論の

マーケティングへの活用検討は、

マーケティング対象のセグメント化、

市場占有率、射程距離理論など、

私に言わせると不思議で面白い戦略を生み出しました。

 

そしてこれらが、戦後日本のいろいろな人の

参入戦略から多角化の是非、

テリトリーなどの地方展開、

代理店政策、セールスマン管理」等の、

マーケティング戦略理論の基礎になっていると思います。

 

クープマン等のORに基づく

太平洋戦争でのアメリカの戦略を、

日本のマーケティング戦略で生かすためだと思いますが、

田岡さんはマーケットのセグメント化を言いました。

 

理由は経験則を含めてあるようですが、

50万人の人口でセングメント化して商圏を考えろと、

田岡さんは言っています。

さらに細かく商圏を考える時は、

人口が5~10万人でセグメント化して、

商圏を考えろと言っていました。

 

何故、そのセグメントの単位の大きさがいいのかは、

正確には、私も分かっていませんが。

 

強者が基本的には競争で圧倒的に強いのですが、

セグメント化は弱者が自分で決められて、

セグメント化のしようによっては、

自分を強者の立場に置くことも出来るので、

これは弱者の戦略では、用い勝手のいいものになっています。

 

市場占有率については、クープマン戦略式

(私は本当はどんな式だか知りません)から

田岡さんは、3つの数値を導き出しました。

強者の上限目標値73.9%と、安定目標値41.7%と、

下限目標値26.1%です。

 

田岡さんは、

弱者はまず10%の市場占有率を目指せといいます。

これが市場を開拓する、取っ掛かりと言っていました

(この意味を、私は理解できませんでしたが)。

 

次に30%≒26.1%(下限目標値)を目指せと、

田岡さんは言っています。

この数字がトップシェアを握れる数字で、

弱者が強者に変わる境目数字だと言っていました。

 

そして、次に40%≒41.7%(安定目標値)を

目指せといいます。

自動車製造・販売のトヨタは、

どこの市場でも40%を目標に、

そのシェアを握るまで手を抜かないで、ここまで来ました。

 

その結果、トヨタは世界一になることが出来たのです。

市場占有シェアがこの40%を越えると、

この田岡理論でも言えますが、

圧倒的に自分が有利になるのでした。

 

市場占有シェアが上限目標値73.9%になると、

寡占状態になって、田岡マーケット理論では

これ以上は目指すべきでないといっています。

ライバルを消すことで、

市場の活性化を失うからなのでしょう。

 

射程距離理論は、競争参入しようとしている市場の

トップが、自分達の射程距離にいるかどうかの判断基準です。

トップが自分達のシェアの、一騎打ち型市場なら

√8倍=2.83倍以下であれば射程距離にいる。

確率戦市場なら√3倍=1.73倍以下であれば、

射程距離にいると言うものです。

 

++++++++

<強者の戦略、弱者の戦略>

 

どの市場でも、圧倒的に強者

(マーケットシェアが大きいほう)が有利です。

だから、強者の戦略は、

弱者の戦略を読み取って

弱者と同じ戦略をミートさせればよいのでしょう。

 

強者が握る市場に、弱者が攻め込むのが

田岡理論で言われている一般的な戦略です。

だから、田岡理論では弱者の戦略がいろいろ考えられて、

提案されてきました。

そういう意味では、弱者の戦略が

田岡理論を彩っていると思います。

 

弱者の戦略は、次のようなものです。


―○ 基本戦略=差別化戦略

(=同業他社とは違うものをもつ戦略)

―○ 五大戦略

-1.局地戦で戦う

-2.一騎打ちで戦う

-3.接近戦で戦う

-4.一点集中する

-5.陽動

 

強者の戦略は、次のようなものです。


―○ 基本戦略=ミート戦略

(=同業者の施策を研究してマネする戦略)

―○ 五大戦略

-1.広域戦で戦う

-2.確率線で戦う

-3.遠隔戦で戦う

-4.包囲をする

-5.誘導

 

++++++++

<この本の構成>

 

この本の構成は、次の通りです。

( )内はページ数です。

 

―第1章 不況下における積極経営

-守りから攻めに転ずるために(40ページ)

―第2章 今、何故地域戦略なのか

-代理店再編成問題を中心に(32ページ)

-第3章 ローラ作戦の展開(26ページ)

-第4章 上陸作戦と三点攻略法(68ページ)

-第5章 商圏はどう決められるか(28ページ)

 

この本を読んで、改めて田岡さんは凄い人だと思いました。

ランチェスターの法則は、

市場でそういう式が成り立つといっているだけで、

そこで戦略を練るのは人です。

 

田岡さんが言っていたのは、それまでの日本の商売の歴史で、

様々なことを言われて来ましたが、

そういうのを踏まえて、

ランチェスターの理論を使うと

こう言えると言っているのでしょう。

 

だから、ランチェスターの理論を、

田岡さんの本を読んで理解しようと思うと、

結構疲れるのです。

だから、この本は日本で昔から言われていた、

商売上の鉄則を覚えるというつもりだと、

なるほどと思えました。

 

田岡さんは、全国の会社にコンサルをしながら、

地域ごとの日本の商売上の鉄則を理解していったと思います。

そして、ランチェスターの法則は、

あまり表面に出てきません。

 

地域でそれまで言われてきた鉄則の理解の仕方が、

田岡流ですがその理解力が凄いのです。

そして新しい動きも察知し、

それも含めて戦略はこうしろとと言っていました。

 

田岡さんの本を読むと、

世の中を一直線で考えてはいけないと思います。

そのころ話題の共稼ぎも出て来ました。

ニューヤングアダルトも出てきます。

 

田岡さんは、実戦で戦っている人達の声に耳をすまして、

その人の意見を自分なりに咀嚼して言っていているから、

この本が凄いのだとつくづく思いました。

田岡理論は、戦っている人の生の声を、

田岡流で理解していて凄いのです。

 

++++++++

<不況下における積極経営-守りから攻めに転ずるために>

 

今も不況下にいますから、

この本は30年前の本と思えないほど、今的です。

そうしてゼロサムゲームでは、

市場における競争に勝つことこそ、大事だと言っていました。
そこにこそランチェスターの法則は、

基礎理論として応用されるべきだと。

 

適切な引用かどうかは分りませんが、

この章から3つばかり下に引用してみました。

 

――以上の6つが、低成長時代の現在、

なおかつ高い実績を上げている

企業あるいは店舗に共通して見られる条件だが、

この6つの条件をまずどうとらえたら良いのだろうか。

この6つに共通するのは、

基本的にはあきらかに守りの戦略である。

 

「局地戦に徹する」

「狙い撃ちを的中させる」

「人件費を抑える」

「スキンシップ販売に徹する」

「ナンバーワンの店を持つ」

「川下作戦に徹する」・・・

 

これらは、どうみても攻めではない。

戦線を縮小した中での戦いであり、

基本的には弱者の戦略をベースとした守りの戦略だ。

 

――企業経営に関する瞬間的診断法というものがあるが、

その企業に行ってみれば、そこが戦略的であるかないか、

実際良く分るものだ。

戦略的企業に共通しているのは、

従業員が、自分の属している会社あるいは組織に対して

絶対に批判をしないという体質である。・・・

 

戦略的思考法の第2の点は、

物事を勝ち負けで割り切る発想である。・・・

 

この商品は勝っている、負けている。

この地域では当社の勝ち、この地域では当社の負け、

このルートでは勝っているが、

このルートでは完全に負けている――

こうした割り切り方が、戦略体質の第2の条件である。

 

――日本の場合、戦略体質づくりには

人事というものがつきものになっている。

やはり、人を変えなければ、戦略体質はできるものではない。

とくにリーダはそうだ。

 

リーダ自身に戦略体質がなければ、

戦略体質の部下など育つわけがない。

したがって、どうしてもトップを含めた

リーダの交代ということが、

ここ2~3年の間、激しく続いていくのではないか。

 

++++++++

<いま、何故地域戦略なのか-代理店再編成問題を中心に>

 

私に営業の経験はあまりなく、

代理店のことは良く分りません。

この時代は、世間のマーケットが変わってきたので、

それに対応しなければならない時代だったのでしょう。

 

それに経験的に、最適な直間比率

(直接販売比率と関節販売の比率)が語られていました。

経験のない私には、ここは評価できませんでした。

 

++++++++

<ローラ作戦の展開>

 

ここも良く分らなかったので、

小見出しを以下にあげて、

何が議論されているかをだけを紹介します。

 

-1.ローラ調査のありかた。

「地域需要のバラツキに対応した戦略をとれ」

「情報なくして戦略なし-地域の全情報を収集せよ」

「調査対象地域の選び方」

「ローラ調査は一般の市場調査に非ず」

 

「ローラ調査はセールスマン自身がおこなう」

「ローラ調査は訪問活動である」

「人口“5万”作戦」

「ローラ調査には効率のいい地域を選べ」

 

-2.新しい発見と発想の転換

「総需要は予測より多く、シェアは予測より小さい」

「情報収集の基本は観察である」

 

++++++++

<上陸作戦と三点攻略法>

 

ここでは、攻めるべきポイントの決め方が載っています。

3点を攻め終わったとき、最後に真ん中を攻めるので、

そこの最終まで読んで

攻めるポイントを決める戦略を練れと言っていました。

 

そして地方の各地域で言われてきた、地域の攻め方と、

その背景を述べています。

これはランチェスターの法則と言うよりは、

その地域で商売をしていた先達の智恵なのだと思いました。

こういうことを理解したうえで田岡さんは、

話すから田岡さんの話は面白かったのでしょう。

 

「東京は八王子から攻めろ」とか

「神奈川は西から攻めろ」とか

「大阪では筋に沿って攻めろ」とか

「城下町から攻めろ」とか、

「東北は山形から攻めろ」とか。

 

これは江戸時代から、

商人は先輩たちから教えこまれてきたようですが、

田岡さんはその意味を考えて、そして語っていました。

 

++++++++

<商圏はどう決められるか>

 

ここも小見出しを読むと、

面白いので小見出しを下に引用します。

それにしても、ここには載っていない、

最近の「通信販売」や「ネット販売」について、

今、田岡さんが生きていたら、

何を言うんだろうとおもいながら、下を書きました。

 

-1.その前提条件

「地球は上からみてとらえよ」

「宇宙船によってマップ化される国際的軍治競争」

「生態的な発想で地域をみよ」

「戦略とは常識である」

 

-2.商圏形成の原理

「商圏を分けるもの――山と川と道路と」

「人口の集中性――商圏を規定する基礎的条件」

「商圏をとらえるセグメンテーションの単位」

「二眼レフ構造という名の商圏」

「交通時間とテリトリーサイズ」

「地域の特性を生かした戦略を」

 

-3.弱者は強者の死角をねらえ

「私自身の経験から」

「弱者の地域戦略」

「強者が持っている5つの死角

-県境、行き止まり地域、敵の支店、

営業所から最も遠い地域、鈍行しか止まらない地域」