2016年12月31日土曜日

夕食には、シチューと巻きゆばを食べた。

夕食には、シチューと巻きゆばを食べた。
写真は、トレイの上の夕食を、撮ったもの。
写真右下は、夕食の具に肉、卵、ワカメ、とろろ昆布、
ゴマをいれて作ったシチュー。
右上は、4つの巻きゆば。
トレイの外、右隣りは巻きゆばが入っていた、箱。

新宿パークタワーの前を通った。地下1階へ降りる階段の前は、CLOSEDと書かれていた。

新宿パークタワーの前を通った。
地下1階へ降りる階段の前は、CLOSEDと書かれていた。
写真は、階段の前に張られた鎖に、CLOSEDと書かれた
看板がぶら下がっていたところを、撮ったもの。
いつもは、写真の地下1階の向こうは、
レストラン街の灯りで明るくなっている。

新宿ワシントンホテルの12月31日の地下1階のレストラン街は、やっている店が半分だった。

新宿ワシントンホテルの12月31日の地下1階の
レストラン街は、やっている店が半分だった。
写真は、地下1階の西側の通路を、撮ったもの。
レストラン街は、休んでいる店も多かったが、
半分の店がやっていた。

新宿ワシントンホテルの地下1階に行ってみた。蕎麦の「ゆで太郎」は、今日(12月31日)もやっていた。

新宿ワシントンホテルの地下1階に行ってみた。
蕎麦の「ゆで太郎」は、今日(12月31日)もやっていた。
写真は、「ゆで太郎」の入口に貼られた
年末年始の営業案内を、撮ったもの。
へー年始は、1月3日まで休むんだ。

年賀状を書くのは減らしたが、50枚書いた。それでまだ足りないと思い、10枚を買い足してきた。

年賀状を書くのは減らしたが、50枚書いた。
それでまだ足りないと思い、10枚を買い足してきた。
写真は、葉書を買った新宿郵便局の入口を、撮ったもの。
年賀状を書くのを減らす過程では、失礼した人が多かった。

でも、去年は簡単にできた。
親戚を除いて、全部出すのをやめてしまったのだ。
そして、誰もいなくなった。
それもいいではないか、と思った。
でも、今年は少しだけ思い返したかも。

12月31日の新宿郵便局の年賀状を受ける郵便ポストには、いつもより少ないが投函する人がいた。

12月31日の新宿郵便局の年賀状を受ける郵便ポストには、
いつもより少ないが投函する人がいた。
写真は、新宿郵便局内に設置された郵便ポストを撮ったもの。
投函する人は、呼吸のように多いときと
少ないときがあるが、写真のときは少なかったとき。

今日(12月31日)も晴れた。それで昨日に引き続いて、布団を干した。

今日(12月31日)も晴れた。
それで昨日に引き続いて、布団を干した。
写真は、部屋の東側のベランダの手すりい
干した布団を、北側を向いて、撮ったもの。
7時に干して、12時に取り込んだ。

2016年12月30日金曜日

「源ちゃん」で、フライ定食を食べた。ポテトサラダも追加で頼んで、締めて1166円。

「源ちゃん」で、フライ定食を食べた。
ポテトサラダも追加で頼んで、締めて1166円。
写真は、出て来たフライ定食を、撮ったもの。
材料の数を数えたら、ご飯の米も含めて20種類。
良い献立だ。

今日の夕食を食べにオペラシティービルに行った。いつも行くTEXASは今日のランチまでだったので、「源ちゃん」で夕食を食べた。

今日の夕食を食べにオペラシティービルに行った。
いつも行くTEXASは今日のランチまでだったので、
「源ちゃん」で夕食を食べた。
写真は、「源ちゃん」のメニューの看板を、撮ったもの。
ここはボリュームがあって、値段もりーズナブル。

今日の昼食に、カフェオレを飲んで「老世泰」を食べた。こうすれば、簡単に昼食が採れるんだ、と思った。

今日の昼食に、カフェオレを飲んで「老世泰」を食べた。
こうすれば、簡単に昼食が採れるんだ、と思った。
写真は、トレイの上の、老世泰とカフェオレを、撮ったもの。
老世泰は、パン生地で中国の果物等の食材を
包んだものなので、これで結構お腹いっぱいになる。

1年半前まで23年間毎月、水泳ボランテアをしてきた。このボランテアは、私の人生をいい方向に変えた。

1年半前まで23年間毎月、水泳ボランテアをしてきた。
このボランテアは、私の人生をいい方向に変えた。
写真は、15~20年前の
私のボランテアの様子を、撮ったもの。
私がついている子の、お母さんが撮ったもの。

このボランテアは、やって良かった。
子供達から学べた。
お母さんたちから学べた。
一緒にボランテアをした、仲間たちから学べた。
残念ながら、私の足が悪くなったので1年半前やめた。

電電千代田会(電友会東京支部=NTTのOB会)の会報が送られてきていた。

電電千代田会(電友会東京支部=NTTのOB会)の
会報が送られてきていた。
写真は、11月25日、私も表彰された
電友会ボランテア活動賞の受賞の模様が
記事にされた会報の一部を、撮ったもの。

写真の、5人写っている真ん中が私。
うーん股が開いているな、などと変なところに目が行った。
会報には、OBの人の近況報告も載っている。
うん、元上司が75歳で再婚し、今80歳。
その記事に目が行った。

奥様が15年前、がんでなくなられて、それからの春。
新しい子や孫に囲まれて、幸せらしい。
いいなと思った。
そのほか知っている人も何人かいて、懐かしかった。
会報の編集後記を書いている人も、私の知っている人。
前から、もっと真面目に見るんだった(笑)。

今日は晴れていたので、布団を干した。風が、強く吹いて「いた。

今日は晴れていたので、布団を干した。
風が、強く吹いて「いた。
写真は、東側のベランダに干した布団を、撮ったもの。
シーツは風でめくれるので、
タオルケットかけを2/3重ねて干してる。

2016年12月29日木曜日

老世泰は、河北〇〇由来で130年を超える歴史があるという。不使用添加剤、風味独特等とあり、実利主義の彼女が好きそうだ。

老世泰は、河北〇〇由来で130年を超える歴史があるという。
不使用添加剤、風味独特等とあり、
なるほど、実利主義の彼女が好きそうだ。
写真は、老世泰の箱を、撮ったもの。
箱の表には、いろいろなことが中国語で書いてあるが、
残念ながら、私にはわからない。

老世泰、彼女が中国・遼寧省・遼陽に行ったとき、買ってくれたお土産のお菓子だ。

老世泰、彼女が中国・遼寧省・遼陽に行ったとき、
買ってくれたお土産のお菓子だ。
写真は、パン生地で果物等の中国の食材を包んだ
お菓子を入れた箱を入れた袋を、撮ったもの。
娘二人と前の妻のお母さんに、3つ買ってくれた。

娘にメールしたが、「いらない。買ってくれた女性に
ありがとうと、よろしく言って」と、返ってきた。
そうだよな、と思って、オフィスと会社にもっていくことにした。
味が合わないかなと思ったが、会社では
結構ボリュームがあったのに、全部売り切れた。

オフィスでも、まもなく1箱(1袋)を食べてしまう。
結構食べられるものだなと、思った。
もう1箱も、オフィスで食べてしまおう。
こういう結果になったと知ったら、彼女は何と言うかな。


今日の昼食は、久しぶりに新宿ワシントンホテル地下1階の「ゆで太郎」に行って、食べた。

今日の昼食は、久しぶりに新宿ワシントンホテル
地下1階の「ゆで太郎」に行って、食べた。
写真は、ミニ牡蠣とハスのかき揚げ丼セットを、撮ったもの。
牡蠣とハスのかき揚げ丼は、新メニュー。
珍しがって頼んだが、値段は580円と安く、牡蠣の味がした。

大鍋で煮て、それとは別にフライパンも使って料理し、料理したものをパックに取り分けた。

大鍋で煮て、それとは別にフライパンも使って料理し、
料理したものをパックに取り分けた。
写真は、料理したものを
パックに取り分けたところを、撮ったもの。
これを冷ましてから、冷凍庫に入れる。

これで約2月分の夕食の具の出来上がり。
15時につくり始めて、終わったのは21時。
合計6時間。
この間、イモ類の皮むきもする。
いろいろな材料を切って、洗ったりするので、時間がかかる。

レモンも洗って、切って、大鍋にいれている。

レモンも洗って、切って、大鍋にいれている。
写真は、レモンを洗っているところを、撮ったもの。
一度レモンを、切って大鍋にいれてみた。
そしたら、具として使うとき、レモンの皮が美味しい。
それ以来、レモンも料理の材料としている。

大鍋とフライパンを使って、料理する。ます、順番に材料を切りながら、火にかけた大鍋にいれる。

大鍋とフライパンを使って、料理する。
ます、順番に材料を切りながら、火にかけた大鍋にいれる。
写真は、生姜を切ったところを、撮ったもの。
生姜は、この料理をはじめてから、
毎回、切って、大鍋に入れている。

2016年12月28日水曜日

今日の料理の材料を、机の上に並べた。これらのたくさんの食材を料理し、2か月の夕食の具にする。

今日の料理の材料を、机の上に並べた。
これらのたくさんの食材を料理し、2か月の夕食の具にする。
写真は、これから料理する食材の2/3を、撮ったもの。
これらの材料が料理されると、全部パックに入ってしまって、
それが、冷凍庫に入ってしまう。

14時50分、部屋の南側の窓から、NTT東日本本社ビルとオペラシティービルが見えた。

14時50分、部屋の南側の窓から、
NTT東日本本社ビルとオペラシティービルが見えた。
写真は、南側の窓から二つのビルを、撮ったもの。
14時半には、部屋に戻って来た。
これから、夕食の具をまとめてつくる料理をする。

もう私も69歳。
どの時間に何をするか、自由なのだと思った。
そんなとき、窓からNTT東日本本社ビルと
オペラシティービルが見えた。
何か、天下をとった気分だな(笑)。

帰りは、東横線「新丸子」駅から、「新宿三丁目」駅で乗り換え、都営新宿線で「新宿」駅に戻った。

帰りは、東横線「新丸子」駅から、「渋谷」駅で副都心線に入り
「新宿三丁目」駅で乗り換え、都営新宿線で「新宿」駅に戻った。
写真は、「新宿三丁目」駅で副都心駅から
都営新宿線に乗り換えるための通路を、撮ったもの。
ここは、少し歩くが、そんなに気にならない。

診察が終わって、診察の支払いも終え、3ケ月分の薬を貰うため、病院の前の薬局に行った。

診察が終わって、診察の支払いも終え、
3ケ月分の薬を貰うため、病院の前の薬局に行った。
写真は、病院の前の薬局を、撮ったもの。
最近は、血圧が安定したので、ここで3ケ月分の薬を貰うのが、
この病院に来る目的のようなものになっている。

日本医大武蔵小杉病院の脳神経外科で、私の高血圧の状況を見て貰った。

日本医大武蔵小杉病院の脳神経外科で、
私の高血圧の状況を見て貰った。
写真は、日本医大武蔵小杉病院を、撮ったもの。
左上に、建設中の高いビルが見えた。
この界隈もだんだん、開発されて行く。

私は、9年強前長野で脳溢血で倒れ、
長野市民病院で頭蓋骨を外す手術をした。
長野市民病院での入院が終わって東京に戻るとき、
さて、東京のどこの病院にお世話になろうかと思った。

五反田の関東逓信病院は馴染があるが、
知っている人が患者さんとして大勢来るのが難点。
そこで思いついたのが、妻のお父さんが
前に入院していた、この病院。
ここは、私が当時住んでいた、大田区矢口にも近い。

それから3ケ月に一回、
この病院の脳神経外科にお世話になっている。
今日は、私の健康診断の結果も、もっていった。
「血圧も安定しているし、健康診断の結果も素晴らしい」
と、担当の先生は言っていた。

「渋谷」駅から東横線に乗って、「新丸子」駅の日本医大武蔵小杉病院へ行った。

「渋谷」駅から東横線に乗って、
「新丸子」駅の日本医大武蔵小杉病院へ行った。
写真は、井の頭線から東横線に行く「しぶちか」を、撮ったもの。
ここを歩くのは、なぜか楽しい。
大勢の若い人が歩くのを、見られるからかな。

京王新線「初台」駅から乗って、「明大前」駅で井之頭線に乗り換え、「渋谷」駅に行った。

京王新線「初台」駅から乗って、「明大前」駅で
井之頭線に乗り換え、「渋谷」駅に行った。
写真は、井の頭線の「明大前」駅の渋谷行のホームから
反対側のホームを、撮ったもの。
ここに来るのは、ほぼ病院に行くときだけになった。

2016年12月27日火曜日

今日(12月27日)、日本医大武蔵小杉病院に出かけるため、西新宿のマンションを出た。

今日(12月27日)、日本医大武蔵小杉病院に
出かけるため、西新宿のマンションを出た。
写真は、山手通り「西新宿四丁目交差点」を、撮ったもの。
雨がパラパラで、傘をさしている人もいた。
病院には、3ケ月に一回、高血圧を見てもらうために行く。

小田急で新宿に着いた。足の悪い私は、ゆっくり駅を出て、ゆっくり歩いて会社に行った。

小田急で新宿に着いた。
足の悪い私は、ゆっくり駅を出て、ゆっくり歩いて会社に行った。
写真は、新宿で小田急線の電車を降りて、
エレベータの方を向いて、撮ったもの。
混んでいたのでエレベータを諦め、階段を登った。

今日(12月26日)は、新宿からお客様のいる町田に行った。

今日(12月26日)は、新宿からお客様のいる町田に行った。
写真は、お客様のところから帰り、小田急町田の
駅ビルの9階のエレベータホールを、撮ったもの。
レストランで食事をし、私はトイレ、ほかの二人は喫煙所。
エレベータの奥に、喫煙所がある。

2016年12月25日日曜日

ステーキセット・コンビAを食べた。ここのところ日曜日の夕方は、同じところで同じものを食べるようになった。

ステーキセット・コンビAを食べた。
ここのところ日曜日の夕方は、
同じところで同じものを食べるようになった。
写真は、ステーキセット・コンビAを、撮ったもの。
これで1200円と安い。

私は、ほっておくと、同じところで同じものを食べるようだ。
ここに来ると、接客の女性二人が、私のことを覚えていて、
一言いうと、あとは全部やってくれて楽なのだ。
私は、基本的にものぐさなのだな、と思った。
まあ、時間がないときは、これでいいや、とも思った。

今日、夕食のためオペラシティービル地下1階、TEXASに行った。接客の中国人の女の子に、瀋陽に行ったと言った。

今日、夕食のためオペラシティービル
地下1階、TEXASに行った。
接客の中国人の女の子に、瀋陽に行ったと言った。
写真は、頼んだステーキセット・コンビAが出る前に出て来た、
サラダ、コーヒ、ウーロン茶を撮ったもの。

フリードリンクに、今日はウーロン茶のほか
コーヒを持って来てくれた。
接客の中国人の女性が2人いるので、
「先週日曜日から瀋陽に行った」と言ったら、
「寒くて、雪もあったでしょう」と言った。

「私が行ったときは暖かくて、
雪はあったけど温かかった」と、私は応じた。
二人とも内モンゴル出身らしく
「私たちはモンゴル語は得意、中国語は
外国語として習っただけで、あまり得意でない」と、言っていた。

一人の人は、いかにもモンゴル人の風貌だが、
もう一人の人は、北方系だとは思ったが
内モンゴル出身だとは思わなかった。
二人は、内モンゴルでも近いところの出身らしいが、
この店で偶然会ったのだとか。

今日(12月25日)の昼食は、パスタを作って食べた。リンゴを剥いたもの、バナナも食べた。

今日(12月25日)の昼食は、パスタを作って食べた。
リンゴを剥いたもの、バナナも食べた。
写真は、トレイの上の昼食を、撮ったもの。
昼食は、チャーハンとパスタが変わり番になってしまった。
それに、外食の昼食をはさむと、それなりの変化。

斉藤一人さんが書いた、「変な人の書いた世の中のしくみ」を読んで、読書感想を書きました。

斉藤一人さんが書いた、「変な人の書いた世の中のしくみ」を読んで、
2012年12月、私は下の通り、読書感想を書きました。
写真は、本の表紙を、撮ったものです。
2012年12月6日、妻がガンで死にました。
それから、いろいろありました。

妻が死んだとき、私は何もしなかったけど、
妻の弟さんや、娘がいろいろ動いてくれて、
葬式もお墓づくりと埋葬も、無事済んだと思います。
妻のお母さんや叔母さん、姉や弟にも感謝です。
それから、哀悼の意を表してくれた人に、全部感謝です。

妻が死んで、45年もサラリーマン生活をしていた私が、
思い立って会社を作ってしまいました。
オロオロしながら、今も何とかやっていると思います。
もっとも、年金もあるので多少赤字でもいいと思って来たから、
楽な会社運営です。

来春には、再婚すると思います。
読み返してみて、私のこういう新しい
生活を後押ししてくれたのは、この本だったかなと、思いました。
こういうふうに生きろと、死んだ妻が言っているような気がします。
いづれにしろ、斎藤一人さんは、私にとって
「ついている人」になりました。


++++++++
読書感想文(変な人の書いた世の中のしくみ・・・斉藤一人)
 
<斉藤一人さんは、1948年東京都江戸川区に生まれ、
<中卒で働き、漢方薬「スリムドカン」で有名になった、
<銀座マルカンを創設しました。
<斉藤一人さんは精神的な本も多く書いています
 
斉藤一人さんは、1948年東京都江戸川区に生まれ、
中卒で働きはじめ、漢方薬「スリムドカン」で有名になった、
銀座マルカンを創設しました。
斉藤一人さんの家は、お母さんが繁盛する
クリーニング屋さんをやっていてどちらかというと豊かです。
 
別に貧乏だからと斉藤一人さんが家のことを考えて、
中学で終わりにしたわけではありません。
学校にもっと行っても、得られることは少ないと
15歳の斉藤一人さんが、判断したからです。
 
そのとき、お母さんも「お前は学校向きではなく、
社会向きだからそうしろ」と賛成してくれました。
こうして見ると、
斉藤家の人々は日本の世間の常識と違った、
独特の価値観がありますね。
 
斉藤一人さんが考案した、漢方薬は良く売れて、
斉藤一人さんは累積納税額日本一になりました。
つまり斉藤一人さんは、今や、日本一のお金持ちなのです。
銀座マルカンで漢方薬を開発する人は
斉藤一人さんだけのようですから、
作った漢方薬が売れるなら、それは利益がでるでしょう。
 
売れる漢方薬をつくるコツは、
新製品を考えるとき「悩まないこと」だそうです。
人に愛を持って「こういう薬があればいいな」と発想し、
「悩まず」漢方薬を開発すると、
それは売り方もすぐ思いつくし、そして売れてきました。
 
「悩まない」で売れるならいいなと思いますが、
精神をそのように保つのは、
普段の心がけがあるからだと思います。
 
精神的な本も多く書いてきました。
5年前ぐらいでしょうか。
私など初めてこの人の本を、本屋で立ち読みしたとき、
面白くて2回の立ち読みで、本を1冊読んでしまいました。
結局その本は買っていません(笑)。
 
一度、「いい本は最低7回読め」というのを
この人の本を読んでいたら出ていたので、
この人のDVDを車に乗りながら聞きました。
そしたら、確かに聞くたびに、違った感想を持てます。
「なるほどな、何度も本を読むと、
こうして感想が変るのか」と思いました。
 
お弟子さんが何人かいます。
どの人も本を書いていますが、
これらの本は、本屋で読んで面白かった
(ケチな私は何冊かを除いて買っていませんが)。
 
お弟子さんたちは、銀座マルカンの
地方ごとにある販売店の社長をしているようで、
皆さんお金持ちになっていますが、
そんなにビックリするほどの、
才能も持ち主とは思えませんでした(失礼)。
しかし、みんな明るいのは、ビックリするぐらいです。
 
斉藤一人さんや、お弟子さんたちが言うことで、
ビックリしつつ、
私に影響を与えたものは、次のものでした。
それらを、なんのコメントもつけず書いてみます。
 
「感謝します。ありがとう。自分はついている。と言え」
「ついている人とつきあえ」
「ほめ道を究めろ」
「うまくいくときは、楽しい、楽だ」
 
「今日もいい日だ。と毎日40回言え。
そしたら、
健康診断で諸数値がビックリするほど改善している」
「さっと人に親切にしろ」
「当り前の人生なんてない。
波乱万丈どんと来いという気持ちで、毎日を生きろ」
 
++++++++
<この本との出会い>
 
私はときどき、
斉藤一人さんの本を読んで、自分の心を整えています。
ときどき本を読みたくなるぐらい、
(最初に、本屋の立ち読みで読んだ)斉藤一人さんの
言うことは、私を変えたし、私に影響を与えました。
 
反骨精神が強い私(昔はプロ野球で、
大洋<今横浜>や近鉄<今楽天>など、
両リーグでしょっちゅう最下位だったチームを、
応援するような私の性格です。
自分を棚に上げてよく思うよというような、
ある意味、私は依怙地な性格です)は、
 
みんなが「良い」というと、
そうしないひねくれた性格なので、
斉藤一人さんの追っかけにはなっていません。
がこの人から、最近の私は影響を受けています。
 
何度読んでも、本屋の立ち読みでも、
全部この人の言うことに納得してしまうのです。
だからと言ってこの人の言うことは、
決して無理筋ではありません。
自然なのです。
 
斉藤一人さんにのめりこみはしません。
が、斉藤一人さんの言うことを最近の私は、
宗教を信じているように信じているのです。
 
斉藤一人さんは小学校に入る前に、
(自分が可愛がっていた猫が死んで、落ち込んでいたときに)
火の玉を見たのですが、火の玉がいうように
斉藤一人さんが考えたら、うまく行き始めました。
だから、斉藤一人さんの言葉は、神の言葉でもあるのです。
 
それは良いことを言うよなと思いました。
というか斉藤一人さんが、本で言っていることは、
「それはそうだ」と私が思うことばかりです。
だから本屋に行ってこの人の本があると、
私は買うようになりました。
この本もそうです。
 
斉藤一人さんは、神が言っていることを言って来ました。
だから斉藤一人さんは宗教の教祖ではないか、
と眉に唾をする人も多いようです
(もっとも斉藤一人さんは、
宗教家なら税金を払っていないだろう。
税金を日本一払っている私が、
宗教家であるはずはない、と言っていますが)。
 
それで斉藤一人さんの言うことを、
信じない人が多くいるのでした。
そういう人向けに、この本のタイトルのように
「へんな人が書いた・・・」と言っているのです。
私は斉藤一人さんのいうことに納得しているので、
決して変な人が書いたとは、思っていませんが。
 
私は小さいときから、理系がすきでしたし、
どちらかと言うと唯物論的であろうと思います。
それがいつから、
霊的な本に影響されるようになったのでしょうか。
辿ってみます。
 
20歳前は、石原慎太郎のサンケイ新聞に連載されていた
「巷の神々」を読みました。
なるほど、と思っています。
 
福島高専をでて電電公社に入ってすぐ、
20歳のころは、宮城音也の精神分析入門を読んで、
そのなかの「前世を記憶する子供たち」という
記事を読んで、ビックリ仰天しました。
 
若いとき、黒岩重吾を惑溺するように読んでいたのですが、
この黒岩重吾も戦後、株でボロ儲けして悪食をしたときに、
体が棒のようになる病気にかかりました。
が、そこから復帰するときトランプ占いを路上でしていたら、
遠い向こうにお客様の映像が見えたそうです。
 
三島由紀夫も、「天人五衰」など、生まれ変わりを
モチーフとしていましたが、多分霊を信じていたと思います
(もっとも三島由紀夫は、
霊では有名な美輪明宏が大好きでしたから、
霊を信じていたのは当然かも知れません)。
 
私は夢野久作の小説にも耽溺していましたが、
その「ドグラマグラ」という小説の中で、
人間の脳は、自動電話交換機のようなものだ
というフレーズを見て、
精神と脳と機械について考えてしまいました。
 
そのあといろいろな人と出会いました。
別に霊を求めて読書をしてきたわけではないのですが、
いいなと思う人は、たいてい霊的です。
馬野周二さんもそうでした。
船井幸雄さんもそうです。
斉藤一人さんもそうでした。
 
そういう精神構造になってきた私は、
本屋でこの本に出合ったら、すぐ買ってしまいます。
そして、読み終わって
また良い読書をしてしまったと思いました。
 
<この本の構成>
 
この本に書いてあることは、次の通りです。
( )内はページ数です。
 
-第1章 しあわせのしくみ     (30ページ)
-第2章 心のしくみ        (38ページ)
-第3章 人間関係のしくみ      (28ページ)
-第4章 経済のしくみ       (34ページ)
-第5章 仕事のしくみ       (32ページ)
-第6章 この世のしくみ       (35ページ)
 
どうして各章の“しこみ”の前の言葉が、
この6つなのだろうと思いました。
でも読んでみると、この6つをタイトルに選ぶのは、
分るなと思います。
そして、まだ全体を理解できるほど深くない私には、
その理由を知ることは無理だと思いました。
 
わからないことを考えるのは、やめようと思います。
でもそのヒントは「はじめに」と
「あとがき」にあると思いました。
だから、以下に「はじめに」と
「あとがき」を引用してみます。
 
――(「はじめに」から)この本には、
とても信じられないようなことがたくさん書いてあります。
はじめて読んだ人は不思議な本だと思うし、
変った人だと思うのは当然です。
しかし、私にとってはすべてが常識であり、真実です。
 
私の言うことを信じたお弟子さんたちも
豊かでしあわせになっています。
無理に信じてくださいとは、決していいません。
こういう考え方もあるんだということを
知っていただければ、それで十分です。
 
――(「あとがき」から)でも、
この本に書いてあることを知っていれば、
だいたいのことはうまくいくと思います。
 
あとは実践すること。
そして慣れること。
飽きずにやっていれば、誰でもうまくなるのです。
人間というのは、本当に“慣れ”の生き物なんですね。
 
++++++++
第1章 しあわせのしくみ
 
各章のどの項目も、私に「そのとおりだ」と思わせ、
精神をエンカレージします。
でもその中で、私をもっとも刺激したものについて
以下に引用してみました。
 
――人生で一番イヤな言葉は、
「それぐらい当り前だ」ってことなの。
私は会社に行くと必ず
「ご苦労さん」とか「ありがとう」ってみんなに言うの。
それでお茶を出してくれたら、また「ありがとう」なんだよ。
社長にお茶を出すのは当り前ではないんだよ。
 
それと同じで、旦那さんが給料を持って帰ってくれて、
それが当り前になったら、
人生が急に味気ないものになっちゃうよね。
社員だから働くのが当り前でなくて、
働いてもらっているのだから、「ありがとう」なんだよね。
この世の中には、当り前のものは何もないんです。
 
++++++++
第2章 心のしくみ>
 
ここでは、2つの引用をしました。
 
――雨の日に、「濡れるからイヤだな」って言うのか、
「いいお湿り具合だな」って言うのか。
決めるのは自分、あくまでも自分です。
 
――この世の中は、競争なんです。
よく「競争のない社会がいい」って言うけど、
そうじゃないの。
それもしくみの一つ。・・・
それで、この競争も人生の修行なの。
 
どんな修行かと言うと、競争し、戦い、
ときには負けるときがあっても、それでも人を憎まない、
めげない、ひがまない、
さらにはそんな中でも人を助けることが
できますかっていう、修行なんです。・・・
 
神が問うのはその勝ち方なんです。
つまり同じ勝ち方でも、
“愛と光を出していますか?”っていうことなの。
 
++++++++
第3章 人間関係のしくみ>
 
この章では、次の一つを引用しました。
私の引用が正しいかどうかは分らないけど、
そうだと思ったのを引用すると、
イッパイになってしまうので、一つに絞ります・
 
――家庭で修行のたりない人は、
会社で修行が待っています。
どっちにしても逃げられないの、
「天網恢恢疎にして漏らさず」と言って、
天の網は荒いけど、絶対に逃れない。
 
つまりどんなに嫌でも、
天の修行から逃れることはできないんだよ。
だから困ってからやるよりも先にやったほうがいいの。
人生がうまくいく人って、
必ず正しいことを先にやっているんだよね。
うまくいかない人は逆に、
なかなかやらないから酷い目にあうの。
 
++++++++
第4章 経済のしくみ>
 
この章では3つを短く引用しました。
 
――私たちが生活していくうえで、
“経済”ってすごく大事なんです。
 
――よく、お金に困ってる人がいます。
でもこういう人は、お金に困っているんじゃないよ。
お金のことを学んでいるんです。
 
――神様はあなたの生活をダメにしてまで
人を助けろとは言わないの。
人がまずいちばんにしあわせにしなければならないのは、
あなた自身。
一人が一人ずつ自分をしあわせにしていけば、
この世の中から不幸な人はいなくなるの。
 
++++++++
<第5章 仕事のしくみ>
 
この章は、私も45年ぐらい
リアルな仕事の現場にいたからでしょうか。
納得することが多かったです。
引用はバラツクかもしれませんが、
悪しからずお願いします。
 
――私が成功できたのは、私が会った人に、
誰にでも得させようと心がけているからなのです。
相手にいちばん得をさせた人が一番得なの。
それで、相手に損をさせれば自分が得したように
思うかもしれないけれど、それは長続きしないのです。
 
――どこの社長も良い社員を探しているんですよね。
だから、あなたが良い社員になればいいの。
 
――世間の人は「“競争”させたほうがいい」って言うけど、

それより“協力”したほうがいいんです。
と一人さんは思っています。
学校の試験なんかでもカンニングはダメだし、
人に見せるのもダメだけど、社会はそうじゃないからね。
 
知らない人がいたら教えてあげて、
できないことがあったら手伝ってあげるの。
それで10人いたらみんな教えあって、
全員が100点とったら、それで1000点になるんだよ。
 
++++++++
<第6章 この世のしくみ>
 
この最後の章からの引用は2つです。
 
――だから気をつけなければいけないものは、
威張ること、人をせせら笑うことなんです。
「直接何もしてないのに」って思うかもしれないけど、
この2つは凄い悪い因果を残すんだよ。
 
――私が言っているのは、
“出したものは返ってくる”ということなんです。
これが、この宇宙の法則なの。
確かに「あなたはすごいね」って言うと、
それはやがて自分のところに戻ってくるの。
 
あなたに対しても「すごいね」っていう
称賛の言葉になって返ってくるの。