2015年8月31日月曜日

今日(8月31日)も寒い。お盆前、暑かったのが嘘のように、ここ2週間ばかり、寒い日が続く。今日も朝、寒いぐらいだった。

今日(8月31日)も寒い。お盆前、
暑かったのが嘘のように、
ここ2週間ばかり、寒い日が続く。
今日も朝、寒いぐらいだった。
写真は、12時部屋の温度計・湿度計を、撮ったもの。
 
部屋の温度系は24℃、
湿度計は63%を示していた。
夜は、タオルケットをかけて寝ているが、
それでは寒いぐらい。

2015年8月30日日曜日

今日(8月30日)日曜日、オペラシティ―ビルとNTT東日本本社ビルは、小雨の中に曇っていた。

今日(8月30日)日曜日、オペラシティ―ビルと
NTT東日本本社ビルは、小雨の中に曇っていた。
写真は、18時10分、
窓から東南の方を、撮ったもの。
 
左のビルは、NTT東日本本社ビル。
右のビルは、オペラシティービル。
両ビルとも、特に上の方は、曇っていた。
灯りは、両ビルとも、わずかについていただけ。

畑村洋太郎さんが書いた、「未曾有と想定外-東日本大震災に学ぶ「を読んで、読書感想を書きました。

畑村洋太郎さんが書いた
、「未曾有と想定外-東日本大震災に学ぶ「を読んで、
2011年8月、私は下の通り、読書感想を書きました。
写真は、ウェブで見つけた本の表紙を、撮ったもの。
 
++++++++
読書感想文(未曾有と想定外-
東日本大震災に学ぶ・・・畑村洋太郎)
 
畑村洋太郎は1941年1月、東京に生まれ
<東大の修士まで行き、機械工学を勉強しています。
<日立製作所に2年間行ったあと、
<東大に戻り助手から教授にまでなりました。
<今は工学院大学の教授をし、
<東大では名誉教授になっています。
 
畑村洋太郎は1941年1月、東京に生まれ
東大の修士まで行き、機械工学を勉強しています。
日立製作所に2年間行ったあと、
東大に戻り助手から教授にまでなりました。
今は工学院大学の教授をし、
東大では名誉教授になっています。
 
この人が2000年に、
「失敗学のすすめ」という本を出したとき、
私は本屋で本を見つけ、この人に関心を持ちました。
 
私がNTT-MEにいた12年前に、
今の会社の社長と私は初めてあったのですが、
それ以来「失敗こそノウハウ」と、
今の社長から何度も聞かされています。
 
だから畑村洋太郎んが、科学的に
「失敗」を扱おうとするタイトルに魅かれたのでした。
それ以来いつも読もうと思っていたのですが、
チャンスが無かったのか結局、私はまだ読んでいません。
 
5月にこの人が、今回の東北大震災における原発事故の、
「東京電力における事故調査・検証委員会」の
委員長に指名されたとき、それは良いと思いました。
 
そのとき畑村洋太郎んは
「こんな火中の栗を拾うのは、損得を考えたらやらない。
人がなんと言おうと私のやりかたで、
事故調査をやりたい」と言っています。
 
聞いたとき、いいことを言うなと思いました。
完全な人間なんかいないし、
事故も「なんでこんなことをしたの」、
という単純なことから起こるケースが多いのです。
 
しがらみに囚われていると、その関係者を悪いと言えないので
(私も電電公社という、半ば官僚的な組織にいましたから、
近場で事故に関係する人の発想が、
少し分かってしまうのです)、責任があいまいなまま
終わってしまうかも知れないなと思いました。
 
しかし、この原発事故は与えた影響の大きさから、
従来のように「まあまあ」で、
終わらせるのではすまないと思います。
 
民族の大移動みたいに避難勧告が出されましたし、
自主的に避難した人もいました。
風評被害も大きいですし、
下手すると新たな差別まで、生まれかねない状況です。
 
そこで、畑村洋太郎んのような外部の人が、
事故を「しがらみなく」調べて、
事実を発表するのは良いことだなと思いました。
 
事実をありのままには、
発表させまいとする官僚の力は働くと思いますが、
それを畑村洋太郎んには、
突破して欲しいような気がします。
 
原発事故に関しては、科学的であるべき原子力村の人達の、
これまでの甘やかされてきた発想に、クサクサすることが
テレビで見る私たちには多かったと思います。
金の力で反対する人を黙らせることをやっていると、
安易に考えることが、習い性になるのでしょう。
 
そして、政府・官僚のやることは、やることが遅くて、
現地の人は怒っていることが多いような感じがします。
だから、畑村洋太郎んの今回の御指名は、
菅さんの数少ない
クリーンヒットかも知れないと思いました。
 
++++++++
<本屋に行ったらこの本がありました>
 
本屋に行ったらこの本がありました。
この人のように自分の意見を持って動く人は、
官僚に潰されるかも知れない。
最近、この人の名前を聞かなくなったけど、
そういうことかなと思っていました。
 
そしたら、本屋にこの本があるではないですか。
まだこの人は動いていたのかと思わず、
この本を手にとって買ってしまいました。
 
本には公的立場で知りえたことは、
一般に発表することは出来なくなるので、
公的立場で動く前に考えていたことを、
この本に書くとあります。
 
すると、次にこの人と巡り合えるのは、
「東京電力における事故調査・検証委員会」の委員長としての
畑村洋太郎んか、と思いました。
そのときはどう変わっているか分かりませんが、
畑村洋太郎んの原点はどんなものか、
この読書で知ろうと私は思います。
 
公的立場で知りえたことは、
一般に公表してはいけないなどと縛りをかけるのは、
その公的立場が
一般国民の税金で賄われているからおかしいと思いますが、
閉鎖的な官僚なら言いそうな気がしました。
 
が真実は違っていて、
畑村洋太郎んは公的立場の委員長になったので、
混乱を起こさないように、
自主的に自分に縛りをかけているのかも知れませんが。
 
経産省の、古賀茂明さんのような人もでました。
いくら経産省の次官が退職勧告してもやめないし、
世の中の人の多くが支持しているから、
その出している本は売れています。
 
もう陰に隠れて、体制にいる人が上手くやろうとしても、
出来なくなっているのではないでしょうか。
インターネットの時代になって、
世の中はもの凄く変わったのです。
大勢の人が納得できないことは、
前に進まなくなったのでしょう。
 
世の中は今の体制ではダメだと言い出しているのに、
今の体制にいる人は気がつかないのでしょう。
それを思い知らされるのは、もう直ぐだと思います。
ずるい人はダメだ。
ずるい人が、体制に残るのはおかしい。
 
そうなると思います。
多分インターネットで、
新しい民主主義の形が起こってきたのでしょう。
 
++++++++
<畑村洋太郎んの発想の凄いと思うところ>
 
畑村洋太郎んは、機械設計を教えてきました。
考えてみると、機械設計のノウハウは、
過去の設計の失敗から学んだ蓄積なのですね。
だから、機械設計のプロが、
過去の失敗を勉強してきたのは当たり前かも知れません。
 
失敗こそノウハウ。
畑村洋太郎んたち機械設計の専門家が、
その考えを機械設計でもっとも、
取り入れてきたのかも知れません。
 
WEBで畑村洋太郎んを見たら、
面白いことを沢山言っていました。
それらは、順不同で言えば、
次の項目で出てくるようなものです。
 
次の項目の文章を見て、
畑村洋太郎んを、原子力推進派だという人がいました。
しかし、私はそうは思いません。
こういう発言を原子力村の人がしたら、私も、
原子力村の人の言うことに素直に耳を傾けたと思います。
 
しかし、原子力村の人は耳さわりの良いことは言いますが、
(私などから見て)こういう辛口である
科学的真実を語っていません。
何かすべて政治的発言のような気がして、
肝心なことは何も言っていない。
そういう感じがして、イライラしてきました。
 
だから今までの延長ではないところで、
畑村洋太郎んによって、
原発事故の事実がオープンにされることを、
この人が事故調査・検証委員長になったとき、
私は期待したのです。
 
私は畑村洋太郎んのこうした、
科学的意見をスタートにして、
再度原発の議論を始めてもらいたいと思います。
 
私は「分からないときは無実」
「分からないときは何もしない」
「分からないときは、近寄らない」という思想もあり、
それも大事だと思って来ました。
 
しかし、「分からない」のは、
「考えることを放棄」していることが
多いのではないでしょうか。
些細なことなら、それで良いと思いますが、
原子力は別だと思いました。
 
ここは、イヤでも日本中みんなで、
原子力について考えることを放棄せず、
考え続けなければいけないときなのだと思います。
 
++++++++
<WEB上で私が見た畑村洋太郎んの意見>
 
―――人間が何かの活動をすれば、失敗は起こる。
嫌でも起きてしまう。失敗は人間の活動について回る。
失敗をしてはならないとか、
悪いことのように決め打ちするのではなく、
一番大事な結果だと考える。それが失敗学だ。
 
―――新しいことにチャレンジして起こるのが、
許される失敗。
人間の成長を見ると、赤子、子供、青年と
その成長過程でたくさんのことと新たに遭遇し、
それに対応する形で物事が起きていく。
 
結果はあらかた失敗なんだ。
だって分からないんだもの。
人間は失敗を通じていろんなことを獲得していく。
 
―――失敗するのが嫌ならば何も行動しなければいいんだ。
じっとしていればいい。
そうすれば何も起こらない。
しかし、それではしようがない。
失敗を積極的に見ることが必要だ。
 
―――失敗が後世にどんなふうに伝えられ、
消えていくのかを書き留めた。
その中で三陸海岸の津波を取り上げた。
その本に東日本大震災で起きた大津波の被害と
同じ被害が書いてあるからみな驚く。
 
明治三陸地震(1896年)、昭和三陸地震(1933年)、
東日本大震災(2011年)…と、
大勢の人が亡くなる三陸の大津波は繰り返し起きてきた。
被害に遭った人は石碑でそれを伝えようとした。
 
―――大事なのは起こってから考えるのではなく、
起こる前に考えることだ。
想像力を働かせることが重要だ。
 
―――海岸沿いにある福島第1原子力発電所は、
津波で損傷すると考えない方がおかしいことになる。
次にどのへんまで考えるかだが、ここで大事なことがある。
見たくないものは見えない。
聞きたくないことは聞こえない。
 
自分たちが困ることは考えないための
理由をたくさん並べて結局、考えない。
「原発の津波被害を考えるべきだ」と
だれかが言ってもだれも注目しない。
東京電力は起こりもしないことを
取り上げるのはおかしいと考えたのだろう。
 
―――東電が言う「想定外」は、
自分たちには落ち度がないという言い訳でしかない。
最低基準を満たしているからいいんだというのは言い訳だ。
だから納得し難い。
 
自分自身でこういうことが
起こり得ると想定したらもっと違うことを考えたはずだ。
原発を6基も同じ場所に並べなかったと思う。
 
―――災害の対策を立てるときは守る側で考えるのではなく、
攻める側に立って考えなくてはならない。
どこをどう攻撃したら福島第1原発の機能を奪えるのか。
自分が地震や津波、山火事になって考えなくてはならない。
そうするとすきだらけなのがよく分かってくる。
 
―――分からないことは分からないということを
前提にした設計思想が必要なのだが、
いまの日本にはそれがない。
 
―――「責任追及を恐れ
原因究明の動作ができなくなる」から、
責任追及は目的としない。
 
―――『うそをつけば罰する』より、
『後の時代からの評価に耐える中身に協力してください』と
いう方がはるかに強い力を持つ
 
―――起こると困ることは考えようとしない。
(考えないから)それが想定外になる。
 
―――(1)自分の目で見る
(2)自分で考える(3)自分で決める
(4)自分で行動する。
この4つが重要で、第三者が決めたことに従って失敗すると、
「自分は悪くない」と言い訳をする。
 
―――東電が悪いというわけではないが、
日本的企業の体質がそこにあると思う。
国の基準を守っているから問題ないという東電の考え方は、
緊急事態では機能しない。
 
他者に下駄(げた)を預けるような
企業文化がそうした考えを生む。
今回の原発事故は起こるべくして起きた組織事故、
いやもっと大きいから組織災害といった方がいいだろう。
 
―――類は原発を知り尽くしていない。
だからこれからも事故は起きるだろうが、
事故を克服して原発を使っていくべきだ。
 
―――原子力でやっていくしかないのに、
世の中が真正面から見ようとしていない。
本当は危険を内包していることを認めて使わざるを得ない。
電気自動車が環境に優しいというが
原子力で走るということをきちんと伝え、
全体を考えるようなことをやらないといけない。
 
小学校の教育をフランスと比較すると、
フランスは小学校の先生の賛同を得て、
きちんと取り組んでいる。
 
++++++++
<この本の構成>
 
この本の構成は、次の通りです。
( )内は説明されているページ数です。
 
-はじめに(7ページ)
-1章 津波と未曾有(72ページ)
-2章 原発と想定外(66ページ)
-3章 日本で生きるということ(41ページ)
-おわりに(3ページ)
 
「はじめに」で、畑村洋太郎んは言っています。
畑村洋太郎んが、
初めて(今いわれる)「失敗学」に目覚めたのは、
大学生の頃、実習で三陸の津波の跡に行ったときからでした。
 
そのとき思ったそうです。
人はその災害の経験者が言ったことも、
「時間がたつと忘れてしまうもの」だ。
失敗の要因の一つはそこにあるということです。
 
また、東大に入ったのは1960年で、
東大に原子力工学科が出来た年でした。
関西電力が多くの犠牲を払ってつくりあげた、
黒四ダムの水力発電所が約34万KWの出力です。
 
それに対して、原子力発電は1基で
100万KWを超えるのですから、
そのエネルギー密度の大きさに怖いとも、
畑村洋太郎んは思いました。
 
この怖いものを扱う原発に、
今回は、多くの失敗の原因である、
「見たくないものは見えない」を
地で行ってしまった結果が、事故に繋がったのでしょう。
 
失敗学の延長で畑村洋太郎んは、
民間の「危険学プロジェクト」を勝手連的に立ち上げました。
「社会のどこに危険があるか」、
「その危険に対して人間がどう関わってきたのか。
今後、どう対処していけばいいのか」と考えたからです。
 
危険のマッピングでは、津波も原子力も入っていますが、
14のグループに分かれました。
 
「おわりに」で畑村洋太郎んが言っていることは、
そうだろうと思います。
それを一部引用してみます。
 
―――人はだれでもまちがえます。
それはどんなに優秀な人であろうとも同じです。
頭ではわかっているのに、
実際の行動が伴わないことだってよくあります。
いつでもどこでもなんでも完璧にできる人などいないし、
同じような失敗やミスを
いつも繰り返しているのが人間なのです。
 
―――最後は自分の眼で見て、自分の頭で考え、
判断し、行動できる人間が強いのです。
本書をその材料として使ってもらえれば,
筆者として、これほど嬉しいことはありません。
 
++++++++
<「津波と未曾有」を読んで思ったこと>
 
未曾有という言葉で、
曖昧さのなかに全ての失敗の本質を隠してはいけないと、
畑村洋太郎んはこの章で言っていました。
今回の津波は、ほとんどの人が
「個人的には未体験」かも知れませんが、
「歴史的にいまだかってない」未曾有ではないとのこと。
 
だから、今回の震災で起こったことを研究して、
私たちの智恵を増やしていかなければならないと、
畑村洋太郎んは言っています。
 
こんなときほど、学者がガマンしながら、
今回起こった各種の出来事を、
考え、そこで得られたノウハウを整理し、
記録していかなければならないのでしょう。
 
話は変わりますが、
中国の古い時代の王様で名君と言われた、
堯・舜・「う」のうち「う」は、
商(殷)の前の時代の夏を起こした
王様の父親として有名です。
 
が、私などはむしろ、
「う」が中国の大河の治水をしたことを知っていました。
この「う」は、治水をするにあたり、考えます。
その結果、それまで失敗してきた川を抑える治水に代わり、
川の勢いを「すかす」技術を活用し、治水に成功しました。
 
日本では甲府の戦国時代の強かった武田信玄は、
治水の信玄堤でも有名になります。
甲府盆地で繰り返し氾濫を起こしていた釜無川等に、
信玄は信玄堤を築き、治水していますが、
この信玄堤の発想も「すかす」技術がもとになっていました。
 
これと同じように、津波対策でも、
完全に津波を抑え込む、堤防群よりも、
「すかす」技術の活用を、畑村洋太郎んは言っています。
今まで津波を抑え込む技術で来たから、
ある津波では有効でも、ある津波では失敗したのだと。
 
驚くべきことに、明治の時代の
寺田寅彦(夏目漱石の「我輩は猫である」にも
出てくるので有名ですね)も、
津波について同じことを言っていて、
畑村洋太郎んは寺田寅彦の文章を引用していました。
 
私はこういう話を、始めて聞きました。
なるほど、東日本震災を考えるのに、
明確な視点を持っている点で、
畑村洋太郎んは一番、調査・検証の
ポジションにふさわしい。
そう私など、この本を読んで思いました。
 
++++++++
<「原発と想定外」を読んで思ったこと>
 
想定外という言葉を、今回の東日本大震災の当初、
東京電力、経済産業省を初めとする原子力村の人から、
何度も私たちは聞かされています。
しかし、聞いている私たちには、違和感がおこりました。
 
「そんなことを聞きたいと思っているのではないのだ。
今回何が起こったのか、知りたいと思っているのだ」、と
私たちは思うことになります。
肝心なことを説明する前に、
私たちは悪くないと言ってばかりいる人達が、
原子力村の人達だという印象が、私たちに植え付けられました
 
だから、今回の原発事故を説明している人の
氏素性はわかりませんが、
テレビや新聞から情報をとるしかない私たちには、
ここは判断するところだと思うところでは、
科学的な情報が少ないなと思うばかりでした。
 
だから、私たちと同じ感覚の畑村洋太郎んが、
事故調査・検証委員会の委員長になったのを聞いたときは、
そういう非科学的状況を突破してくれるだろうと思って、
嬉しかったのです。
 
原子力村の人達は、肝心なところになると、
科学的議論を忘れて黙ってしまう。
そういうのを見て私たちは、騙されているのではないかと、
疑心暗鬼になっていましたから。
 
黙ることは、相手がイライラするだけで、
ケガは負わないという考え方が、
官僚的組織では良くあるのですが、
そういう価値観が、
原子力村にもあるのだろうなと思いましたから。
 
畑村洋太郎んは、当たり前のことをこの本で言っています。
この本を読んで、そうだと私など何度も思いました。
 
本当はこれだけ原子力に日本のエネルギーが依存していると、
長期的議論と短期的議論を
別けてしなければならないのだろうと、
体質的に右翼のようなところがある私は思います。
少なくとも、短期的には原子力を無くすことは、
そうとうに難しいと私は最初思いました。
 
しかし科学的説明の少ない、原子力村の人の態度に、
今回の災害は不思議なほど科学的議論が少ない災害で、
従って原子力廃絶に可及的速やかに
向かうべきなのではないか、と
今の私は思うようになっています。
 
そういうイライラ感を一掃してくれるようなことが、
畑村洋太郎んのこの本には書かれていますので、
さわりだけになりますが、
次にその内容の一部を引用してみます。
 
―――もともと社会が彼らに期待していたのは、
今回のような事故を想定することです。
想定するのが専門家の仕事だったのです。
そんな大切な役割を担っているはずの人が、
事故が起こってから軽々に想定外という言葉を
使っているのをみたら、だれだってがっかりするでしょう。
 
++++++++
<「日本で生きるということ」を読んで思ったこと>
 
日本は、世界でも珍しく、
4つのプレートテクニクス(ユーラシア、北米、
太平洋、フィリッピン)の上に乗っています。
これが日本の、不安定を生んできました。
そういう意味では、
日本は世界のなかでも災害が多い国なのです。
 
そこでは、ごく稀におこる災害に、
長期的に取組まなければなりません。
そういう、人間の感覚を超えるものを
扱わなければならないときにこそ、畑村洋太郎んのように、
より科学的にならなければいけないと思います。
 
だからこの本に書かれてあるような事例対応を、
言いかえれば畑村洋太郎んの失敗学(考え)を、
もっと広げていくべきと思いました。
 
結局、寺田寅彦さんも同じようなことを言っていましたし、
畑村洋太郎んがそれを引用しているのには、
さすがと思わせます。
 
「災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に伸ばすか、
もしくは地震津波の周期を
十分の一か百分の一に縮めれば良い。・・・
しかしそれが出来ない相談であるとすれば、
唯一の方法は人間がもう少し
過去の記録を忘れないように努力するほかはないであろう」。
 
なるほど。畑村洋太郎んの考える原点は、
寺田寅彦さんにあるのかな、などと考えてしまいました。