2015年7月31日金曜日

フェースブックを見たら、今日は満月だと書いてあった。あわてて、南の空を見たら、満月が浮かんでいた。

フェースブックを見たら、今日は満月だと書いてあった。
あわてて、南の空を見たら、満月が浮かんでいた。
写真は、22時25分、窓から月を、撮ったもの。
フェースブックで見た月の写真は、細かく
キレイに撮れていたのに、これは満月だというのが分かるだけ

部屋の窓から、18時30分、夕日を浴びた、NTT東日本本社ビルと、オペラシティ―ビルを見た。

部屋の窓から、18時30分、夕日を浴びた、
NTT東日本本社ビルと、オペラシティ―ビルを見た。
写真は、窓から南西の方を向いて、撮ったもの。
左側のビルが、NTT東日本本社ビル。
右側のビルが、オペラシティ―ビル。
 

今日(7月31日)9時30分、行っている会社の会議室から、都庁を見た。

今日(7月31日)9時30分、
行っている会社の会議室から、都庁を見た。
写真は、会議室から東北方面の都庁を、撮ったもの。
左側のビルが、都庁第一庁舎。
右側のビルが、都庁第二庁舎。
 
会議室はクーラが効いて、涼しいが、
外は暑いのだろう。

2015年7月30日木曜日

呉善花さんが書いた、「日本復興の鍵-受け身力」を読んで、読書感想を書きました。

呉善花さんが書いた、「日本復興の鍵-受け身力」を読んで、
2011年6月、私は下の通り、読書感想を書きました。
写真は、本の中扉を、撮ったものです。
 
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読書感想文(日本復興の鍵-受け身力・・・呉善花)
<呉善花さんは1956年、韓国済州島に生まれ、
<韓国の軍隊も経験したあと、1983年に
<日本に来て最初は大東文化大学で学ぶ等しています。
 
<そして「スカートの風」等の本を書き人気が出、
<その後、日本文化の底にあるものを考えて、
<それらを本にして来ました。
<現在拓殖大学の教授もしています。
 
呉善花さんは、1956年に、韓国済州島に生まれました。
済州島の女性は働き者らしく、
済州島の女性と結婚した男性は、
実質的に尻の下にしかれるのを我慢できれば、
良い身分で過ごせるようです。
呉善花さんの顔を見ると、分かるような気がしました(笑)。
 
ご両親とも戦前の日本への滞留経験があり、
ご両親から話を聞いていた
呉善花さんは小さいときは親日的だったらしいです。
が、呉善花さんは韓国での教育を受けて、
反日的になって行きました。
 
韓国の軍隊も経験し、アメリカに行こうと思って、
1ステップとして大東文化大学に入学します。
そこで、日本に来た韓国女性のコンサルタント的なこともし、
それらを「スカートの風」という本にまとめて出し、
それが売れて日本で有名になりました。
 
呉善花さんは、いろいろな経験をして、
日本と日本人に興味を持って行きます。
そして日本の文化は、
将来の世界を変えるポテンシャルを持っている、と
だんだん思い日本研究を深めていきました。
 
この本は、その日本研究の集大成のひとつと思います。
書きあがったところで、東日本大震災がおこり、
この集大成が正しかったことを確認できたのでしょう。
この本の「はじめに」には、
東日本大震災とそのときの日本人の対応、
日本文化の特殊性・また世界的な普遍性が書かれています。
 
私は、李御寧の『「縮み」志向の日本人』を読んだ時、
感激しました。
その内容の斬新であること、
そうとらえれば私たち日本人は理解できるかも知れない、
という印象に恐れ入ったのです。
 
そして最近は中国人の宋文州さんの、
物言いが気に入りました。
 
顔は凄く似ているけど、日本とは文化が違っている
中国人、韓国人が日本にふれて、
カルチャーショックを受けたあとに分析した日本のほうが、
日本人の書いた日本論より深く
日本を捉えているような気がしました。
 
呉善花さんは、勿論その線上にあります。
戦後の日本人の日本理解には、
戦後のアメリカ人によって押し付けられた太平洋戦争史観、
東京裁判史観がこびりついていると思います。
だから、それとは別な視点で書かれた、
この人達の本に私は共感したのでしょう。
 
残念ながら、韓国では「親日」という言葉は、
「売国奴」と同じ意味であるようです(いつまでも、
その発想が続くことはないのだと思いますが)。
だから、呉善花さんが日本理解を深めて
親日的になればなるほど、
韓国では敵国に媚をうる人に見えたようです。
 
呉善花さんの韓国での評判は散々ですし、
お母さんが死んだときお葬式への参加のため
韓国に入ろうとして、韓国当局により父母の国、
韓国への入国までも止められようとしました。
そういう悲しい現実もあります。
 
私には、呉善花さんは、
日本人よりも深く日本を理解している人と見えており、
私はその文化論には注目しています。
 
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<受け身形が多用される日本語>
韓国の人に日本語を教えていて、
韓国の人にとって一番違和感があるのは、
日本語の中で多用されている、
日本語の受け身形だそうです。
 
呉善花さんは30代初めのころ、
韓国から仕事でやってくる韓国人に、
日本語を教える語学教師をし、
夕方は日本人に韓国語を教えていました。
そこで、日本人に「カーテンを引いたほうが良いですよ。
覗かれますからね」と言われました。
そして、翌日韓国人の生徒から
「先生、誰かが覗きますよ。カーテンを閉めて下さい」と、
同じように言われたそうです。
 
呉善花さんは「あ、同じことを言われた」と思いつつ、
その「覗かれる」と「覗く」という言い方の違いに
気がつき、いろいろ聞いていって、
日本語の特殊性を知りました。
 
英語も中国語も、韓国語と同じように主語は明確で、
主語が何かをするということをハッキリ言っています。
しかし日本語では、自分が覗かれると言って、
覗く主体は曖昧でした。
 
私は、最初何を言っているか分からなかったのですが、
読んでいるうちにやっと言っている意味が分かって、
「へー、そういう違いがあるのか」と思うようになります。
次に、それが
日本語の特殊性であるというのも理解しました。
 
韓国(中国やヨーロッパ人も同じです)では
「あの人が私のコーヒを飲んでしまった」というところを、
日本人は「コーヒを飲まれてしまった」と
受け身形で言うことが多いのだそうです。
 
呉善花さんも最初は、
日本人の言うことに違和感をもったけど、
そのころは多分変わっていたのでしょう。
韓国の生徒から、その違和感を再度確認しています。
 
日本語の受け身形の話法を、韓国の生徒の一人が、
「何だか身がよじれるような感じになる」というと、
「そうそう」と授業を受けていた
韓国人全員がうなずいたとのこと。
そういう韓国人の発想は、
中国人にもヨーロッパ人にもあるようです。
 
こういう特殊性が日本語には、あるのかと私は思いました。
そういえば、「原爆許すまじ」という
日本人の言葉をアメリカ人が聞いたとき、
日本人が「原爆を落としたアメリカ人を許すな」と
言っているようで、恐ろしくなったそうです。
 
しかし「原爆許すまじ」という言葉は、
「原爆を落とされるような状況を作った、
私たちの考え方を変えなければいけない」と、
日本人は思って言ったのでした。
日本人は決して落とした、
アメリカ人を攻めてはいないのです。
 
でもそれはアメリカ人のほうが普通で、
日本人がやっぱり特殊なのかも知れません。
「なるほど日本人の感性は、
世界でも特殊なのかも知れないな」と私は思いました。
 
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<雪国、草枕、東日本大震災>
 
川端康成の雪国の一節
「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」を、
英語に訳すときの、
訳者サイデステッカーの苦労を書いています。
 
そして苦労して訳しても
英語に訳したとき原文の意味が損なわれているのを、
呉善花さんは指摘していました。
また、夏目漱石の草枕の冒頭の言葉を引用し、
ここにも主語がないといっています。
 
日本語の「おかしさ」を指摘しているようで、
小気味いいようでもありました。
しかし、そこにこそ世界の未来を作っていく、
日本の価値観があるのであろうと、
呉善花さんは言っているのです。
 
急に、斉藤一人さんの言葉を思い出しました。
自分は悪くないと思えるようなことが起きたときでも、
「『100%自分が悪い』と唱えると、
素晴らしい答えがでてくるのだ」という言葉を。
 
斉藤一人さんのこの言葉的発想を、
日本人はときどき思い出したように持ちます。
それが受け身形の、日本語に反映されているのでしょう。
そういう意味では日常的に、
日本人の大半は、いろいろなことで
素晴らしい答えを得ているのかもしれません。
 
この本「受け身力」で、
日本の文化を書き終わった呉善花さんは、
書き終わったとき今回の大震災を経験しました。
そしてそれを呉善花さんは、
「まえがき」に感動的に書いています。
 
そうだ、だから日本の文化に可能性があるのだと、
あらためて思ったのだと思います。
一部を抜粋します。
 
―――途方もなく死者・行方不明者の数が増していく
知らせの日々、日本列島に生活を営む誰もが、
かってない大きな衝撃と深い悲しみに包まれていた。
 
そして数日が過ぎ、驚くべきことには、
あの惨澹たる廃墟と化した被災地に、
一つまた一つと明るい燭光が灯るようになったのである。
そのことは、
とくに被災地の新聞がよく伝えていてくれている。
 
例えば仙台の「河北新報」は
被災者へのインタビュー記事を連日掲載しているが、
次は震災後わずか4日後に
掲載されたものの一部である。・・・
 
「大津波で全滅」と伝えられた岩手県大槌町。
和食料理店「S」を営むTさん(67)は、
妻と切り盛りする店舗を「全て流された」。
妻とは避難所の大槌高で会った。
 
「ほっとしました」
「旬の地物の魚をおいしく食べてもらうのが喜びでした。
年もとりましたが、小さくてもまた店を出したい。
長男には来月、子供が生まれます。
初の内孫です。仕切りなおしですね」
 
震災に負けるつもりはない・・・
こうした記事やテレビでの被災者の発言などから、
落ち込んでいた
私のほうが逆に元気づけられていったのである。
 
―――日本人は甚大な被害をあたえる
大地震・大津波が何度も繰り返される歴史のなかで、
深い悲しみを乗り越え
「すっぱり過去への執着を断ち切り、
気分を一新して新しい世の建設に向かう」という、
 
「前向きな忍耐」を余程のこと
しっかり根付かせて来たに違いない。
今回の東日本震災で、
多数の被災者の方々に共通に見られる対処の仕方から、
私はそのことを強烈に教えられた。
 
―――日本は温帯性の「穏やかな自然」のなかに
「突発的猛威をふるう自然」を含む、
独特な自然環境のもとに生活を営んできた点で
世界に類例のない国である。・・・
 
こうした風土的な特性が、
日本人の性格のなかでも大きな特徴といえる
「いさぎよさ」
「思い切りの良さ」の
心性を形成させてきたのだろう。
 
これほどの大震災にもかかわらず、
その直後から「災いを転じて福となす」
精力的な展開が繰り広げられている
根拠がこれだと思った。・・・
 
だからこそ、日本文化は、
外部からやって来るものを押しのけたり排除したりせずに
がっちりと受止め、
積極的に取り込んでいこうとする
活発な動きを止めることがないのだろう。
 
こうした文化的な性格は、他の諸国にはなかなか見られない
日本に固有な特質ではないかと思う。
姿勢としては受け身なのだが、
明らかに主体性は失われていない。
私には、最初から受け身で立つことが
志向されているように思われてならない。
 
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<いびつなお茶碗を好む日本人の感性>
 
呉善花さんの日本での最初の、
異文化ショックはいびつなお茶碗を好む日本人の感性でした。
呉善花さんは日本に来て2~3年経った学生だったとき、
朝鮮伝統の磁器を模した
韓国製磁器の輸入販売をする会社で、アルバイトで働きます。
そのとき完璧な美しさの、
韓国製磁器を日本で売ることに喜びを感じていました。
 
しかし日本人のお客様が
「日本人は青磁や白磁も好きですが、
こういうものがとても好きなのです」と言って、
プレゼントしてくれたのが、
今思えば信楽焼きのコーヒカップでした。
 
最初は、「なんで日本人は、
こんな不恰好で薄汚いものが良いのか」と思ったそうです。
が、異文化理解を深めたいと思っていた、
呉善花さんはそういうあまり自分の意には沿わない
陶器を集めてみました。
 
すると不思議なことに、
そのイビツさに今は病みつきになった、
呉善花さんがいるのです。
 
呉善花さんは考えました。
何故この独特な美意識が、日本人のなかにあるのか。
日本人の文化の最深部に、
縄文時代の以来の流れが脈打っているからであろう。
そう考えたら、アジアの中で日本だけが
こうも異質なのが理解できたそうです。
 
このアンバランス、不等辺三角形は、
(中国から入ってきたときは、左右均衡であったものが
変化してきた)寺院の伽藍の配置にも見られるし、
生け花でも見られます。
 
日本のお茶の風習は、最初分からなかったけれど、
「日本文化の観察」と
呉善花さんはお茶の会にこれまで参加して来ました。
が、狭い茶室の中に宇宙があると言われても、
やはりさっぱり分からなかった。
 
しかしあるときから、堰を切ったようにして、
茶室の空間美、精魂を込めたもてなし、
接待を受ける側の礼儀や美学などに、
一気に魅了されるようになったそうです。
 
そして日本の美に対する価値観について、
呉善花さんは次のように言っています。
 
―――日本には厳しい自然もある。
がその厳しさは持続せずに必ず和らいでいく。
そのように、温暖で四季がゆるやかに移ろうという、
人間にとって理想的な自然が日本を大きく特徴づけている。
 
日本では、この理想的な自然の姿との一致に、
最高の美があると感じられているように感じる。
そこへ向かって自分を高めていくことが、
日本の「稽古ごと」にもある「道」の文化なのだろう。
 
そうした総合的な精神文化があってこそ、
日本は世界でも稀な「もてなし文化」の伝統を生み出し、
きめの細かい独特な「日本的サービス」を持って
「ホスピタリティ大国」を
今日に形成するに至ったのではないだろうか。
 
++++++++
<この本の構成>
 
この本の構成は、次の通りです。
( )内は説明されているページ数です。
 
-第1章 受け身の精神文化-感受する力(36ページ)
-第2章 日本文化の繊細な感動-自然の声に耳を澄ます資質
(37ページ)
-第3章 もてなしの文化-客人を迎え入れる心
(39ページ)
 
-第4章 日本文化の幸運な独自性-和合的創造の受容器
(52ページ)
-第5章 日本精神に内在する価値-精神性の伝統
(43ページ)
 
どの章も面白かった。
 
私が日本の文化を否定的に考える
(多分私は、戦後のアメリカの東京裁判史観に
とらわれてきた結果、日本を否定的に考えてきたのです。
自分を否定的の考えるのは思考しなくていいので、
ある意味楽な考えですから)ことから脱却したのは、
山本七平さんの本を読んだときが最初です。
 
そして、人の良いい人達が多い日本を、
馬野周二さんが本で褒めていたので、
私は自分が生まれ育った日本を、
そういう目で眺めるようになりました。
 
そのときに韓国・中国の人が、
日本にきてカルチャーショックを受けながら、
日本を肯定的に考えている意見の凄さに感動して、
韓国・中国人の言っていることを
理解しようと私は勤めています。
 
呉善花さんは、そういう中でも私が一番知りたいことを、
素直に語ってくれている一人でした。
だからズーっと最近は、呉善花さんをマークしていたのです。
この本を読んでこの本は、
呉善花さんが日本を考えてきたことの集大成だと思いました。
 
この本はそれぐらい凄い本だと思います。
繰り返し、これからもこの本を読んで行こうと思いました。
最低7回は。
 
どの章も面白くて、コメントする価値があると思いますが、
くどい性格の私が書くと長くなると思います。
 
それで、あと2つ
「岡倉天心と福沢諭吉はアジアをどう考えたか」と
「天皇制、日本国旗と国歌」について、
呉善花さんはどう書いているかに触れて、
私の感想文とします。
 
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<岡倉天心と福沢諭吉はアジアをどう考えたか>
 
戦前期の日本は
「西洋列強のアジア進出への対抗」という意味では、
一致した考えを持っていました。
しかし、アジア諸国・地域への向き合い方では、
正反対の考え方が同在したと呉善花さんは言っています。
 
それが、福沢諭吉の「脱亜論」と、
岡倉天心の「アジアは一つ」でした。
私たちは、これらは戦前から公知の事実だと思っていました
が、戦前ではこれらは有名でなかったそうです。
有名になったのは、戦後とのこと。それを聞いて、
「へえー、そうだったのか」という気持ちです。
 
この2つの考えが、
今は「対米協調外交」と
「アジア重視外交」という
反対の意見に結びついているという。
なるほど。
 
東アジア地域は、西欧のような
普遍主義の共通基盤を持たない多元主義だそうです。
「かといって、多元なるものを一元化する
方向を目指してはならない。
 
そうではなくて、多元的なままにいかにして
一つの結びつきを生み出しうるかが
考えられなければいけない」とも言っています。
(これって養老猛司さんの意見にそっくりですね)。
 
福沢諭吉の「脱亜論」は、
当時の中国が極めて強固な一元論を持っていたために、
これへのアンチテーゼとしての
意味合いがあったと言っていました。
 
そして、中国が現在でも
そうした一元的性格を基本的に持っているので、
「脱亜論」の主張は今も有効性をもっているそうです。
 
岡倉天心の「アジアは一つ」は、
理念的、理想的な主張にとどまるものではないそうです。
呉善花さんは、次のように岡倉天心を言っていました。
 
「大陸と日本における古代~中世美術史の流れを手がかりに、
多元的なアジアが
複合・融合しうる可能性を独自に示そうとしたもの」
儒教、仏教、道教は
アジアの初期農耕社会に登場した思想です。
 
それらは自然と一体となったものですが、
「岡倉天心は『自然との分離の自覚』を前提に、
それぞれの方法で全体と個の調和を追及し続けた思想が、
東洋の儒教・仏教・道教だったと見なす」と、
呉善花さんは言っていました。
 
また、「西洋思想のテーマが、自然からどれだけ遠くに行くか
(離脱していくか)にあったとすれば、
東洋の思想は自然にどのように近づいて行くか
(融合して行くか)にあったと言っても良いだろう」
とも言っています。
 
なるほど深い。
岡倉天心の情熱は、ここから生まれていたのですね。
 
++++++++
<天皇制、日本国旗と国歌>
 
天皇制は日本を考えるとき、
考えなければならないテーマです。
が、私はこれまで天皇制の是非について、
明確な意見を持ってきませんでした。
よく分からないと言ったほうが良いでしょう。
 
でも私は天皇をテレビで放送すれば見ますし、
それほどの抵抗感もないのも事実です。
天皇に成り代わって自分が判断するとき、
厳粛な気持ちになって
私利私欲を忘れて一所懸命考えたという、
歴代の総理大臣の行動も事実でしょう。
 
この不思議な天皇について、呉善花さんは
「天皇制は変化し、変わることなく続いた」と言っています。
皇室の臨機応変さ。
なるほど。
分からないけど、
やはり天皇は日本文化と表裏一体にあるような気がします。
 
日本国旗と国歌は、
戦前の万世一系の天皇制と一体で考えられてきました。
しかし、この本で語られる
日本国旗と国歌は、天皇から独立した、
日本古来からのものとして説明されています。
 
世界の国旗や国歌のなかでは、
日本の国旗や国歌は歴史が古く、
そして政治色はないものとして語られていました。
 
こう考えると、学校の行事での先生方の
国旗や国歌掲揚時の起立をしない運動はなんだったのかと
笑えてきますが、
起立をしなかった先生は裁判闘争もしていますから、
当事者にとっては笑い事では済まされない現実なのでしょう。
 
国旗の日の丸は、1300年前ごろ命名された
日本と言う国名と密接したもので、
天照大神などに代表されるように
太陽をかたどったものと言えるそうです。
他の諸国のようにイデオロギー的なものではないとのこと。
 
国歌の「君が代は」の君は、
天皇のことではなく、目出度い人を指すそうです。
「君が代は」は目出度い人の長寿を祝うもの。
 
最初に「君が代は」が現れたのは、
「題知らず、読み人知らず」で
1100年前の『古今和歌集』とか。
それまでも祝い事の席で歌われていたものが、
有名であったので『古今和歌集』にのったものと思われます。
 
「それは目出度い人の長寿なら、
祝いたい気がするな」と思います。
そう言われて見ると、こんな国歌を歌わないなんて、
何を考えているのだかと思いますが、どうなのでしょう。
 
戦前の万世一系と結びつけられてきたのも、
事実なのでしょうが、いわれを聞いてみれば、
目くじらを立てることもないように思います。
少なくとも、私のこれからは国旗や国歌で
悩むことはないと思います。
そういう読書になりました。