2014年12月31日水曜日

保阪正康さんの 「真説 光クラブ事件――戦後金融犯罪の光と闇」を読んで、読書感想を書きました。

保阪正康さんの 「真説 光クラブ事件――
戦後金融犯罪の光と闇」を読んで、2010年1月、
私は下のように、読書感想を書きました。

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読書感想文(真説 光クラブ事件――
戦後金融犯罪の光と闇・・・保阪正康)

<保阪正康さんは、1939年生まれの
<ノンフィクション作家で、
<「あの戦争はなんだったのか」等を書いています。
<同じ筆致で、戦後の東大生が起こした金融会社
<“光クラブ”の事件を書いています。

保阪正康さんは、193912月に札幌で生まれ、
同志社大学に行き、卒業して出版社勤務をしました。
その時から、著述をしたいと考えており、
その後近現代史(特に昭和史)で
ノンフィクション作家になっています。

私は、太平洋戦争を書いた
「あの戦争はなんだったのか」を読んで、
あの時代はそうだったのだろうな、
と共感したこともあり、
この人の書いたものなら、
読んでもいいなと思っていたところに、

別な観点で興味があった戦後すぐの1949年に起こった
「光クラブ」事件(太平洋戦争の終戦=
敗戦が1945年の8月)を書いているこの本を、
本屋で見つけたので、買って読みました。

ウイキペディアで読むと、
保阪正康さんには批判が多いのが分かりました。
が、私は太平洋戦争の前後は、
日本人がもっとも苦しい経験をつんだとき

(私の死んだ母親が、戦争中、
茨城県水戸市にいたときに味わった、
太平洋のアメリカ軍艦からの艦砲射撃の恐ろしさを、
私が育つとき、私はいつも母親から聞かされていました)
だと思います。

なのに、アメリカに原爆を落とされたり、
東京大空襲にあったりして、戦争に負けたことから、
臭いものには蓋的に、ときの軍人に全部責任を押し付けて、
忘れたふりをする日本(特に、文化人と称する人たち)に、
おかしいと思っていました

(これは私の父親からの影響かも知れません)。

私の生まれたのは、
戦後2年たったときですから、私は戦後世代です。
だから、私は生まれてからこのかた、人生を生きる中で、
「世の中の風潮、考え方は何かおかしい」と、
思っていたのでしょう。

保阪正康さんの本「あの戦争はなんだったのか」
を読んだときは、
こういう観点が日本には不足していたのだ、
と感動しました。

ことの正否は、私にはどうでも良かったのです。
負けた戦争中のできごとに目を背けずに、
調べる姿勢が必要と感じました。
もっとも、私は保阪正康さんの本の内容にも、
納得していたと思いますが。

「光クラブ」は、東大法科の学生で、
当時の民選初代の木更津市長の5男である、
山崎晃嗣が社長として、中野区の鍋屋横丁に、
19489月作った金融会社です。

19491月には中央区の銀座2丁目に看板を掲げ、
このとき株式会社に会社を改組しました。

一時は華々しかったのですが、
当局に睨まれて動きがとれなくなり、
山崎晃嗣は1949112425日に自殺して、
会社は終わりとなります。

その時債権者たちは、事務所に押しかけたが、
ある老婦人は精神のバランスを壊したらしい。
山崎晃嗣は東大法科の学生らしく、
自殺するときも自分自身を捨てて、自殺も演出をし、
遺書も残して死にました。

この時代の学生達は(山崎晃嗣の先輩たちです)、
特攻隊にさせられたりして、考えることも多く、
当時出版された「聞け、わだつみの声」などに想いが
沢山綴られていますが、山崎晃嗣にも、
今より死が身近だったのかも知れません。

私が、光クラブの興味を持っていたのは、
35年ぐらい前、高木彬光の「白昼の死角」を読んで、
本に書いてある様々な詐欺の手口に驚嘆し、
それは私の人生にも参考になったと思いますが、
そのモデルが「光クラブ」だったということで、
そのときからです。

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<山崎晃嗣の思い、光クラブの背景が
<この本を読んで分かったような気がします。

私が電電公社に1968年入社したとき、
長く米沢滋さんが電電公社の総裁でしたが、
この米沢滋さんは、山崎晃嗣のいとこになるのですね。

つまり、山崎晃嗣のお父さんは、木更津のお医者さんで、
木更津の古くからの名家ですが、
お父さんの妹が、米沢さんのお母さんなのです。
この本のストーリとはあまり関係がありませんが、
光クラブが私の身近なのに、ビックリしました。

山崎晃嗣は軍隊にも行き、3ケ月の訓練を受けた後、
経理将校として旭川に行き、そこで終戦を迎えています。
山崎晃嗣はこの軍隊生活で、
いい加減な軍隊内部の価値観に、怒ったようです。

そう保阪正康さんは書いていますし、
私もそうだと思います。

まず、訓練中に「溝の口」で、
一緒に訓練を受けていた東大出の同僚が、
冬のしごきで、訓練を受けていた全員と一緒に、
水風呂に飛び込まされて死にました。

それをしごいた上官は、
死んだ同僚を生きていたことにして、
訓練生に病院に運びこませて、
それから死んだことにしています。

そして死んだ訓練生のお父さんが来たときに、
お父さんに信用されていた山崎晃嗣に嘘を言わせました。

お父さんは息子が東大に入ったので、
それまでテキ屋をしていたのをやめた人ですが、
内情をうすうす分かっていましたが、
上官の言うそのままに行動した山崎晃嗣は
耐えられなかったと思います。

その後、旭川の部隊で終戦を迎えましたが、
上官は経理将校の山崎晃嗣に命令して、
資材等の帳簿をなかったことにしたうえ、
資材を自分のものにして、自分の家に持っていきました。

それを、密告されて、結局、
自分では得をしなかった山崎晃嗣がつかまって、
山崎晃嗣は口を割らなかったので、
上官は知らないふりをして、
山崎晃嗣だけが禁固刑を受けています。

山崎晃嗣は、武士道精神とも言える
自分の価値観にしたがって行動したのに、
結局得をしたのは、部下のせいにした上官だけでした。

山崎晃嗣は、禁固犯罪者を取り締まる看視に、
いじめともいえるようなやり方で攻められて、
気絶もしています。

軍隊内部は、上官のエゴが出だすと、
止める仕組みがありませんので、醜悪だったと思います。
そこで、武士道精神の価値観で動いた、
学徒兵だけがバカを見たのです。

学徒出陣で軍隊に入った司馬遼太郎は、
その軍隊が大嫌いになりました。
司馬遼太郎の小説を書くエネルギー源と、
価値観のベースは、
軍隊内部の人間のエゴが原点だと思います。

だから、司馬遼太郎のずるいもの、
漫然と人を殺す軍隊の指導者に対する鉄槌は、
小説のなかで私には厳しいものがあったと思えました。

山本七平も学徒出陣で砲兵隊長をし、
戦後はB.C級戦犯としてフィッリピンで捕虜になり、
死刑になるかも知れない捕虜生活を過ごしたのです。
そこで、考えたことがエネルギー源になったのでしょう。

1960年以降、沢山の本を書いて、
私も影響を受けました。
学徒出陣で軍隊に行った人は、
異常な体験をして帰ってきていますから、
私たちの常識を超えた行動をしていると思います。

山崎晃嗣は、頭の良い人がときどきそうであるように、
不器用な人だったと思います。

いろいろな経緯があって、
戦後、東大法科学生の身分で金融会社を起こし、
結局自殺をして終わりますが、
また、頭の良い人でもあったので、
死ぬ前に雑誌で対談をしたり、自殺したときも
山崎晃嗣らしい、理論づけをしています。

そして死ぬ間際まで遺書を書いていました。
そこには、山崎晃嗣の美学があったのだと思います。

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<三島由紀夫は、山崎晃嗣の友達だった?>

戦後の東大法科で、
二人だけ他の同級生の仲間に入らない人がいて、
それが三島由紀夫と山崎晃嗣だったそうです。

二人は年の差はありました
(山崎晃嗣が3才ぐらい年上)が、
山崎晃嗣が戦争に行ってきたので、
大学では同じクラスでした。
仲間に入らない二人というのは、当時の同級生の話です。

山崎晃嗣の自殺後、三島由紀夫は山崎晃嗣を題材にした、
小説「青の時代」を書きますが、
この中で山崎晃嗣(小説のなかでは名前は別人)の
心理描写については、語り合ったのでなければ
書けないことが書いてありましたし、

山崎晃嗣の自宅の様子は、
行ったものでなければ分からない内容を
正しく書いてあったそうです。

それを言ったのは、山崎晃嗣の小さいときからの親友、
石川昌と泰三の兄弟です。

石川昌は木更津市長になりましたし、
石川泰三は東大法科(山崎晃嗣と同じ年ですが、
石川泰三がストレートで東大に入ったのに対し、
山崎晃嗣は東大に入るのに一浪しました)を出て、
山崎晃嗣と対照的に検察になり、
そして弁護士として大をなしました。

石川家は木更津市で料亭を営んでおり、
山崎家と同じくやはり木更津市の名家だそうです。
山崎晃嗣とこの兄弟は、小さいときからの遊び友達で、
山崎晃嗣はこの2人に(特に泰三に)
何かと相談したようです。

そして、三島由紀夫は21年後の1970年、
山崎晃嗣の自殺した日と同じ1125日に、
「盾の会」を率いて自衛隊にのりこみ、
アジ演説をし、切腹をして果てました。

三島由紀夫の脳裏には、
山崎晃嗣の自殺があったのだと思います。
私はその前に、三島由紀夫がテレビに出て語ることの、
論理的であることに感動していましたが、
いつも山崎晃嗣を考えていたのだと思います。

ちなみに、この文庫版は20091125日の、
山崎晃嗣の自殺した日と同じ日に発行されています。

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<金融会社のもろもろは、
<本当は山崎晃嗣の体質とはあわなかった?>

戦後の高金利は、銀行の金利と違って
街の金融業者では当たり前だったのです。
こういう金融業者がいたから、
戦後の企業が回転して行った背景もあったのでしょう。

しかし、東大の学生は、将来は国のオーソリティに
なることが運命付けられています。

だから、国を引っ張っていくオーソリティから見れば、
東大法科の学生社長が金融会社をやることには、
「これはいけない」と言う感覚があり、
一罰百戒で、首を絞めて行ったと思います。

だから、山崎晃嗣の自殺で終わった「光クラブ」の事件は、
オーソリティの思うとおりだったと思います。

山崎晃嗣は、軍隊生活で理不尽だったことを、
金融業の法律どおりやるやり方
(事業ではひかり戦陣訓も作り、
取り立ても厳しく行いました)で、
世の中の矛盾に挑戦していったのだと思いますが、
このオーソリティの動きは読めませんでした。

そこが、甘いといえば、山崎晃嗣の甘さかも知れません。
また、金融業をすれば、取立てで暴力の匂いも出てきます。
そういうものには、頭が良くて、一面ひ弱であった
山崎晃嗣には向いていなかったような気がします。

むしろ一歳年下の専務だった、日本医大の学生でもあった
三木が金融業にあっていたのかも知れません。
三木は山崎晃嗣が自殺してから、
日本医大をやめたらしい。

そして、清水一行の「裏街道の主役たち」というなかで
取り上げられる等、人間の慾と、慾をベースに
騙される人を追い求めて、蠢いていったのだと思います。

でも、親の後をついで医者になっていれば、
普通の、どちらかといえば豊かな生活が待っていたと
思いますが、
三木は人間の不思議さを追い求めていったのです。

これらが、総合的に
「白昼の死角」に書かれていたのだと思います。
読み終わって、あの戦争の時代は、
それぞれの人を不思議な世界につれていったし、
理不尽も多かったと思いました。

今の我々はそんなこともなく、
ノホホンと生きているのでしょう。
私たちの親の世代には、
こういう理不尽さが現実だったのだという
思いをつよくしました。

船井幸雄さんの 「2012年の変化はすでに起きている」を読んで、読書感想を書きました。

船井幸雄さんの 「2012年の変化はすでに起きている」
を読んで、2010年1月、私は
下の通り、読書感想を書きました。

写真は、船井幸雄さんやこの本と何も関係がありません。
多分、8月ごろ、麻布で撮ったものだと思います。
船井幸雄さんなら、写真はなんでもいいかと思って使いました

2012年12月は、2つ思い出があります。
1つは、この月女房が、がんで死にました。
もう一つは、アセンションが予想された
この年、この月の21日は、私の65歳の誕生日です。

だからなんだということは、ありませんが、
私にとっては、記憶に残る日です。

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読書感想文
2012年の変化はすでに起きている・・・船井幸雄)

<船井幸雄さんは、1933年生まれの経営コンサルタント。
201212月の冬至のころ、
<地球、太陽、銀河の中心が一直線にならび、
<また地球がフォトンベルトに入るので、
<アセンションが起こると言われています。

<しかし、船井さんはそちらの方向性を言いつつ、
<この本で「いまさら2012年でない」とも言っています

船井幸雄さんは、19331月に大阪で生まれ、
京都大学農学部に行き、
その後、経営コンサルタントになりました。

主に戦後、日本で勃興したスーパなど
流通のコンサルタントで有名になりましたが、
船井総研を起こし、
一部上場企業にしたことでも有名です。

沢山考えて、本も沢山書いており、
昔、私も本屋でこの人の本を読んでから、
書いてあることが私にフィットしたので、
この人の本が出ると、出ている本の半分ぐらいは、
買うようになりました。

この人が経営コンサルタントをして、
会社に「こうしましょう」と言っても、
会社の社長が、その日は悪いとか、
方角が悪いとか言って、苦労して作り上げた提案内容が
ボツになったことが多いそうです。

「きったはった」の世界を生きている
お客様である経営者は、コンサルタントの言うことより、
占いや信じている人の言ったことを
素直に聞くケースが、多いのでしょうね。

そこで怒らず、そういうものの研究にも力を注いだ
船井幸雄さんも立派だと思いますが、
その研究した成果も本にしています。

私はこの人の、会社(あるいはお店)が
成功するための方策である、
「包み込みの発想」や「長所伸展法」などの考えが、
よく分かると思って、この人の本を読み始めたのですが、
本の内容に少し霊的な話も入っていました。

この人がクライアントとしてお付き合いした、
お客様である経営者の方々に影響されたのでしょう。
最初のころは、霊的な話が少しだったのですが、
最近は沢山書いており、霊的な観点から正しいと
思ったことを、船井幸雄さんは、実際やり始めました。

この本も、その経験談になると思います。

霊的な話を書くと、日本のオーソリティからは
バッシングも受けたようで、
初めのころは遠慮していたのでしょうが、
途中から船井幸雄さんの本音を、
本に書くようになりました。

私も第3者ながら、「もう十分生きたのだから、
人のことは気にせず自分の正しいと
信じる道を行けば良いのでは」などと、
この変化した船井幸雄さんのスタンスには、
個人的に賛成しています。

でも、その分書いてあることの半分以上が、
私には分からなくなりました。
地球のアセンション(次元上昇)は
もう起きはじめていると言います。
マヤ暦は2012年の12月で終わっているそうです。

マヤ文明は、メキシコ南東部やグアテマラに栄えた文明で、
紀元前4世紀には大建築群が建てられ始め、
6世紀ごろ最盛期で、歴史の中では、
いくたの合従連衡がありましたが、
スペインが米国の征服を始めた16世紀から
衰亡の一途を辿りました。

マヤの暦は進んでいたそうです。

この本では、
アセンションがどんな形で起こるか分かりませんが、
もう太陽系はフォトンベルトに包まれ始めているので、
変化は起きはじめているという、
船井幸雄さんの主張と行動が語られています。

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<私が影響を大きく受けた著作家は、
<山本七平さん、馬野周二さん、
<そして今は船井幸雄さんでしょうか

私は自分の生きる指針を、読書に求めてきました。
勿論、父親とも沢山話をしたし、
友達からも沢山影響を受けたと思います。
でも、読書も少しずつ積み重ねてきて、
そのなかから自分の考えを作ってきました。

特に、自分にフィットした人は、沢山読んだと思います。

私は、山本七平さんの「日本人とユダヤ人」を
1975年頃読んだとき、衝撃を受けたと同時に、
こういう見方もあるのかと思いました。
それから、山本七平さんの著作を読むようになりました。
もっとも、内容は半分ぐらいしか理解できていませんが。

私の亡くなった父親は学のない父親ですが、
私が若い頃家に読むため持ち帰った、
山本七平さんの本「空気の研究」を盗み読んで、
「この通りなのだよな」と言ったことが、
私には忘れられません。

その次、1980年頃、馬野周二さんの
「大日本技術帝国」と言う本を本屋で見付け、
草柳大三さんの推薦文もあって、買いました。
読んだらこれが面白い。

確かに草柳大三さんの言うように、
馬野周二さんは「歴史工学」の鼻祖であると思いました。
ロジステック曲線を使って、歴史を読み解いていく。
それこそ夢中で、この人の本が本屋に並ぶと、
お金があまりなくても買いました。

「どうせ、読むのだから買おう」と思って。
秀真伝やイルミナティと言う言葉も、
私はこの人から教わっています。

この人は、お父さんが内務省にいて(高官で)
朝鮮に生まれましたが、戦後は慶応大学の技術を出て、
通産省の技官をしていました。
自分の科学知識を使って、通産省で活躍しましたから、
その言う事は説得力があります。

その人が「複素数の虚数は、霊のことである」
などと言うので、なかば眉にツバしながら、
半ばは信じたでしょうか。

船井幸雄さんも1995年頃、
この人の著作を本屋で立ち読みして、なかに、
「ビジネスに挑戦しようと思う人に、
いくつか質問して、全部イエスなら、やって見なさい」と
言っていると書いてありました。

そのなかで、私に猛烈にフィットする言葉があったのです。
「あなたがそのビジネスをしたら、
あなたは根明になれますか」という質問です。

私も肢体不自由児の水泳の、
お手伝いボランテアをして分かりました。
いいことをすると根明になれるのです。
子供のために愛情を注ぐ、
肢体不自由児のお母さん達も、根明なのです。

(もっとも、お母さんたちは、
皆さん一度は自殺をしようと、
考えたことがあるらしいですが)。

だから、ビジネスを、これからはじめようとする人に、
根明になれるかどうかを質問するのは、
「それが、いい仕事かどうか。
少なくともその人がいい仕事だと思っているかどうか」
分かって、良いと思いました。

それから、この人の本を買って読むようになりました。

私は読書を通じて、これまで沢山の人から影響を
受けていますので、
3人に絞れないかもわかりませんが、
あえて絞ればこの3人だと思います。

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<百匹目の猿、聖書の暗号>

「百匹目の猿」現象というのは、日本の猿の行動から、
イギリスの学者が言い出したもので、
世間では「嘘だ」と思う人も多いようですが、
船井幸雄さんは、それはあるとして、
本でこの考え方を説明しています。

その猿の現象は、こうでした。

宮崎県の沖合の島に幸島というのがあって、
そこで、メスの若い猿が、(霊鳥類学者から)
もらった芋を海水で洗って食べるようになったが、
真似する猿がある一定値
(それを百匹目の猿と言っています)を越えたら、

幸島の群れ全体に広がり、
海を隔てた大分県の高崎山の猿にも、
芋を海水で洗う方法が広がったそうです。

芋を海水で洗うと、芋が塩味で美味しくなるのですね。
情報伝達の方法は、行動を真似して広がるだけではなくて、
もとのところである閾値を越えて広がると、
地域をとんだところにも、
ジャンプして広がるというものです。

この考え方には、賛否両論あるようですが、
船井幸雄さんは、勿論、賛成の立場での推進者です。

「百匹目の猿」現象は、ユングの深層心理学-
集合無意識を思い出させます。

私が尊敬して、その著書を沢山読んでいる
精神分析学者の岸田秀さんは、フロイト大好きで、
科学的でないとしてユングは嫌いですが。

ユングは当初、フロイト派でしたが、
臨床を重ねるにしたがって、自分の考えを持つようになり、
途中からは、フロイトとは仲たがいして、
自分の道を歩き始めました。

このユングの言うことについて、
瞑想する人たちは分かるとして、概ね好評だと思います。
「百匹目の猿」現象も、ユングの深層心理学-
集合無意識も、科学的といわれている人の間では、
眉にツバをつける人が多いのでしょう。

聖書の暗号と言うのは、旧約聖書の中で、
最初の5書(創世記等)について、
一定数字おきに文字を拾うと、それが予言になっており、
ほとんど当たっているというものです。

1994年ユダヤの3人の学者が、
Statistical Science』と言う本に
発表したもので、別な同様な研究によると
船井幸雄さんも、この予言には出てくるそうです。

予言と言えばインドの「アガステアの葉」を思い出しますね。
両方とも、もし真実なら、
2つはシンクロしているのだと思います。

船井幸雄さんは、過去の出来事では「聖書の暗号」の
予言は当たったが、これから、だんだん外れてくる。
地球がフォトンベルトに入って来たのも大きい。

今まで神がこの世界を支配して来た
(だから予言は当たった)が、これからの世の中は、
神が人間に任せるようになってきつつある。

その結果が、まずければ、
歴史は何万年か前の地球に逆戻りするであろうし、
良ければ黄金のミレニアムがはじまるかも知れない。
と、言っています。

だから、船井幸雄さんは行動を開始しました。
その時の行動指針は、
「この世で起こっていることは、ベスト、必然」です。

戦争中から戦後、岡本天明さんにおりたお筆先、
「日月神示」(中矢伸一さんが解説の本を出しています)
が指し示している方向性も参考にしていると思います。

今、船井幸雄さんは2年間ぐらい病気
(普通の人には重い)です。
しかし、その病気を押して、
2009年9月12~13日に
パシフィコ横浜開かれた「人間クラブ全国大会」
に出ました。

その模様、船井幸雄さんの想いを綴ったのが、この本です。

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<みんなの思いで「聖書の暗号」に出ていることを
<変えた実感

船井幸雄さんは、2009年の「にんげんクラブ」に
出た理由を、この本で次のように書いています。

―――私が生命の危険を感じながら無理を承知しつつ、
にんげんクラブ全国大会の会場に向かい、
講演しようと思っていたのは、強い思いがあったからです。
そのためにどうしても、参加して講演をしたかったのです。

その思いというのは、次のようなものでした。

1.「聖書の暗号」によると、
20099月後半と10月のある日に
日本の複数の大都会で大地震があり、
2010年も日本は要注意と解釈できるので、
30005000人の人と一緒に
それらの災害が避けられるように祈りたい。

2.早ければ200910月から本格的な
“生活恐慌”が始まりそうだったので、
これをやわらげたい。

3.「日月神示」には、「これから大難がくるが
小難にできる」と書いているので、
参加者とともに小難に出来るよう祈りたい。
世界大戦の兆しもやわらげたい。

4.日本人の“有意の人”が一堂に会して同じ思いを
1つにすると、願いが叶う可能性が高い。
にんげんクラブ全国大会の2日間で
“百匹目の猿現象を起こして、これを実現したい。

多分、これらは成功したのでしょう。
船井幸雄さんは、実感したと思います。
だから、私たちの知らないところで、
私たちの生活が影響を受けているのかも知れません。

でも、私が知らない事は、考えてもしょうがない。
そう思う私もいます。

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<「地の理」から「天の理」へ。そして日本人は特殊

私は船井幸雄さんが書いている霊的な話は、分かりません。
でも何度も聞かされているし、矛盾もありませんので、
あるかも知れないと思うだけです。

その中では、遺伝子の嫉妬スイッチがオンになって、
競争社会が始まった。
これは、進歩が加速するので、必要だった。
しかし、それも必要なくなったし、嫉妬をベースにした
闇の勢力は19959月以降地球から去ったそうです。

でも闇の勢力の残滓はあるので、
まだ、嫉妬には立ち向かう必要があるのかも知れません。

何回も私の読書感想文には書いていますし、
船井幸雄さんの本にもくり返し出てくるので、
「地の理」と「天の理」、
それから日本人の特徴をノーコメントで次に
挙げて私の読書感想を終わります。

「天の理」      「地の理」

単純         複雑
効率的        非効率的
公平         差別
自由         束縛
自己責任・自主的   責任逃れ
公開         秘密
万能         セグメント化 

日本人の特性

(!)YAP-・・・・これは日本人とアルザル人だけか
(2)右脳と左脳の働き(角田忠信さんの研究)
    ―――コトバにかんけいありそうだ。
(3)他人の気持ちが分かり、人を傷つけないようにし、
    人に喜ばれるように振舞う
(4)性善ポシティブ型が多い。お人よし。

(5)和が好き、競争は嫌いだし下手。謀事も下手。
(6)よく学び、よく働く、働くことは楽しいことだと
  考えることが出来る。
(7)「責任は私にある」と考えることができる。
(8)義があれば、死も受容することができる。

(9)自然と一体感を持っている。
(10)包み込める、受け入れることができる。
(12)合理的でない。TakeよりもGive
(13)繊細で美的センスも良い

日本の特性

(1)せまい国土に山、海、平地があり、川も身近にある。
    水は軟水
(2)気候は温暖。四季がはっきりしている。
(3)牧畜には適さない。
(4)人口密度が高い。

(5)人口もほどほど。
(6)差別が少ない。
(7)自由、安全は世界でもトップクラス
(8)日本人の大衆は「天の理」(宇宙の理、
    第4のレベルの星の知的存在向き)的人間が多い。